きみと駆けるアイディールワールド―赤呪の章、セーブポイントから―
 カイとヒナの話を聞いた後、アタシたちは、思ったことや感じたことを交換し合った。
「ヒナは絶対、何か嘘をついてるわ」
「一方で、カイは単純な男に見えるぜ」
「海精クーナって、やっぱり手強いんだろうね」
 方針を話し合う。予言された下弦の月の夜は、明後日だ。
「下弦の月まで待たなきゃいけないのかしら?」
「ホクラニ発動より前に敵と戦えたら、設定上、だいぶ楽なんだよな」
「うん。で、これからボクたちはどう動こうか?」
「アタシはヒナの様子を探りたいんだけど、アンタたちは?」
「オレはカイの腕試しを受けることになってる」
「じゃあ、ボクは村の食事事情その他を調査してくるよ」
 一時間後に再集合することにして、いったん解散。
 休憩用に貸し与えられた小さな掘っ立て小屋を出て、アタシは海に向かった。
 夕日が水平線に落ちていく。世界じゅうがキラキラした橙色に染め上げられている。寄せて返して砕ける波は宝石みたい。一瞬で砕け散る、儚い宝石。
「夕日って、どうしてあんなに大きく見えるのかしら?」
 いつ見ても、不思議になる。その錯視のメカニズムは今でも解明されてないから。
 人類の進化なんて、きっと、とっくに止まってる。人間は、賢いと勘違いして発展しすぎた未熟な生き物だ。たくさんのものを見落としながらここまで来たんだと思う。
 簡単で便利なものに価値が与えられる世界だから、難しくてめんどくさいアタシは居場所を持てない。それはたぶん、平和な世の中のカタチだ。平和で、だけど最低なカタチ。
 ピアズは現実よりマシなカタチをしてる。だって、アタシはここにいる限り、そのままのアタシでいられるから。
 言葉が出てこない苦しさを、こっちの世界では味わうことがない。アタシにとって、それはとても大きな驚きだった。嬉しい驚きだったんだ。
 こっちの世界の匂いって、どうなんだろ? 海には、どんな匂いがあるんだろ? よく動き回るラフは、やっぱり男っぽく汗くさいの? ニコルの作る料理の匂いは、きっと食欲を刺激するのよね?
 歌が聞こえた。
 わらべ歌みたいだ。おばあさんと小さな子どもたちが、波打ち際で網を修理しながら歌ってる。

  海のまやかし 青い色
  波の下から 牙をむく
  ねんねしない子 どこにおる
  早く寝なされ 寝なければ
  ねんねしない子 さらわれて
  青い夢見て 海の底

 ちょっと悲しげなメロディの、素朴な歌だ。初めて聴くのに、なんとなく、なつかしい。ラフやニコルも村のどこかで聴いてるかしら? 悪くない歌よ、って伝えてやりたい。
 アタシは夕日の風景の中を、ヒナの住む庵へ向かった。
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