裏腹王子は目覚めのキスを
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網戸になっているリビングの窓から、午後の光と緑が蒸された夏の匂いが入り込んでくる。
懐かしいわが家のダイニングテーブルの定位置で、一息ついていたわたしは、弟の言葉にウーロン茶のグラスを倒しそうになった。
「け、結婚!?」
正面に座る弟カップルをまじまじと見ると、桜太は平然と続ける。
「まあ、来年だけど。入社したらすぐ籍入れようかと思って」
弟が無邪気な顔で「な!」と呼びかけると、隣のみのりちゃんは嬉しそうにうなずいた。
父親と母親はそろって買い出しに出かけているらしく、家の中はわたしたち三人だけだった。
開け放った窓から、ときおりお隣りの賑やかな声が舞い込んでくる。
子どもたちの叫び声や笑い声が混じっているから、トーゴくんのお兄さん家族が来ているのかもしれない。
「入社してからって……。新入社員て大変だよ? 仕事覚えるの精一杯で、結婚なんて……」
反対しているつもりはなかったけれど、そういう口調に聞こえたのかもしれない。
弟はわずかに顔をくもらせた。頭の後ろで両手を組み、のけぞるようにして椅子にもたれる。
「俺、システム会社でSEじゃん。みのりは旅行代理店に内定が決まっててさ、最初は添乗やらされるんだって」
「規則で決まってるんです」
桜太の言葉を引き取って、みのりちゃんが話し始める。その声は、彼女の見た目にふさわしく、ふわりと蝶が舞うような優しい音だ。
「就職してから三年目までは、180日以上……一年のうちの半分以上は、添乗員として海外に行かなきゃならなくて。だから、桜太君とも会えなくなるし……」