裏腹王子は目覚めのキスを

「あのなぁ、羽華」
 
しびれを切らしたようにトーゴくんが言う。それを遮るようにわたしは箸を置いた。

「ごちそうさまでした」
 
空の食器を流しに持っていく。泡立てたスポンジで皿を洗っているあいだ、トーゴくんは「おい」とか「羽華」とか散々呼びかけてきたけれど、全部聞こえないふりをした。
 
テーブルに座っている彼に目もくれず洗いものを片付け、キッチンの電気を消す。
 
執拗に注がれる視線を頑ななまでに無視して、わたしはリビングを出た。

「おい、羽華!」
 
ドアを閉める間際に耳に入った声はひび割れていた。
いつもの王子様らしくない必死さに、思わず足を止めそうになる。それでも振り返らないまま、となりの部屋に入った。
 
扉を閉めたとたん、肩から力が抜けて、わたしはそのまま背後の扉に寄りかかった。
 
はあ、と長いため息が落ちる。
 
トーゴくんには悪いけど、これ以上は何も聞きたくない。
わたしの頭はすでにキャパオーバーなのだ。

今日一日でかけられた言葉がぐちゃぐちゃに混ざり合って、収拾がつかなくなっていた。
 
健太郎くんの淡々とした声と、トーゴくんの必死な呼びかけ。
 
それから……結婚の話。
 
誰の言葉が間違っていて、どう動くことが正解かなんて、今のわたしには到底判断することができない。

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