裏腹王子は目覚めのキスを
 
実家からまとめて送ってもらった荷物は段ボール二箱分に収まった。当面必要な洋服や靴、バッグなど、必要最低限のものしか入っていない。
 
トーゴくんの家に留まるのは転職活動の期間だけ。あまり長居をするわけにはいかないと、肝に銘じるためだ。
 

部屋のクローゼットを使わせてもらい、荷物をきれいに片づけて、アイロンをかけたスーツに久しぶりに袖を通した。スタンダードな形の黒いジャケットにタイトスカート、シャツは無難に白色を選ぶ。

落ち着いた色合いのバッグに必要な書類を入れて、わたしはマンションを出た。
 

空気が生暖かい。
わたしがつまらないことで逡巡しているあいだに、季節はだいぶ進んでしまっていた。湿気を含んだ緑の木々が、真っ青な空に鮮やかなコントラストを描く。
 
平日の午後、オフィス街にはビジネスマンが溢れている。働く人たちの熱気が通りに渦巻いているようで、自然と背筋が伸びる。
 
待ち合わせは午後二時。
 
腕時計で時間を確認した時、しわがれたような、特徴のある声に呼ばれた。

「羽華子」
 
振り返ると、背後のビルから紺色のスーツをまとった小柄な男性が出てくる。

年齢はわたしと同じ26歳で、身長は168センチ。骨格の太いがっしりした体型で、鼻の真ん中に殴られたようなへこみがある。
あだ名はボクサーだったと、彼を見てはっきりと思い出す。

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