恋の捜査をはじめましょう

・*・*・*・*・*・*


翌朝……。
捜査会議を前に、刑事第一課のデスクに腰を下ろしていた俺のその肩を、不意に何者かが、がっちりと掴んだ。


「か~し~わ~ぎぃ~サ~ン。」

色白の、細い指。
深爪の癖に、無理矢理それを食い込ませるようにしているようだが…。

残念。
ツボを圧されている程度の力に過ぎない。


振り返ればそこに、期待通りに真っ赤に血をたぎらせた…大きな瞳が、ギョロリと俺を睨んでいた。


足音立てず、いつの間に背後に立っていたのか。
多少の計画性が…窺える。




「うわ、出たっ。」

署に出没するという…名物幽霊・鮎川。


「おのれ…。昨夜ベッドの上で、何度昇天させられたことか……。」

人は不眠が続くと、こうも発言に気を遣えなくなるのか…。

ヤツを慕う、迫田や松本ら若手の男衆が、よもや完全にドン引きしている。

「ロマンチックな夜だったろ?」

「…………。」

「で、感想は?」

「…ちっとも、ロマンチックなどではございませぬ!」


この緊張感に耐えられなくなったのか、ドギマギした表情を浮かべた迫田は…

「ちょっと、用を足してきます。」とそう言い残して、そそくさとその場を去って行った。


「あーあ、純朴な好青年の前で…。やっちゃったなあ、オマエ。」



「……。…ヤっちゃった?!」と、すっとんきょうな声を上げたのは…、松本。


相原係長の咳払いで、一連の茶番劇にアッサリと終止符が打たれたものの…、1人首を傾げているのは、やはり地に足がついていない女幽霊。

ヤツは自身のカバンから取り出した分厚い本を、俺のデスクにドンっと音を立てて下ろした。

そのA4サイズの表紙。そこにはおまけのようにして、薄っぺらい紙が1枚、ドット柄のマスキングテープによって貼り付けられていた。


ヤツは掌を上に向けて、無言のままそのレシートに記載された額を請求しているようだが…、甘い。

こちらも無言のまま、その手に、俺の手を…弾くように叩き重ねる。



「「……………。」」



あちらから差し出された手を、みすみす逃す手はない。


お得意の根比べも程々に、その手をとって。
ガッチリとホールドをキメる。




「捕まえた。」


「……エッ?」

「…そのまま、動かないで。」

昨日とよく似たシチュエーション。

少女漫画のように、こんな行為でときめくようなタマではないことは承知している。

同じ手に乗らないだろうことも、分かっている。

だからこそ、もっと強い衝撃で…陥れてやりたい。


「そういや今日は朝から…雪が凄かった。松本の気象予報は…正確だな。アンタの手、めちゃくちゃ冷たい。」

「……柏木さん…?あの、そろそろ…離して。」


「ダメだ。…そろそろ気づけよ。」



「何を…?」

「何をって…、こうも証拠突きつけてさ、今更何を、はないんじゃないの。」


「みんな、見てますって。」

「そりゃあ見るだろ。アンタにこそ、もっとよーく見てほしいけどなあ、俺は。」


「「……………。」」

握る手に…ぎゅうっと力を込めて。
ヤツが翻弄されるように、ギリギリのラインで…会話を成立させて。

じっとヤツの目を…見つめ倒す。

ようやく、鮎川の顔が真っ赤に染まったのを確認してから…


オトす。


「連行してきたのか…、流石仕事が早いな。」

「……ハ?」


「犯人だよ、犯人。」
「はあ?連続放火犯の?」

「いや、どっちかって言うと…真逆。大雪警報の。」
「……。……誰が誰を連れて来たって?」

「アンタが。」
「誰を?」

「カメムシを。」
「え。カメ…、…何処に?」



「どこって…、ココに?」


俺は重なり合った手をじっと見て、それからまた、ヤツの顔を窺う。


一気に血の気がひいたその顔は…みるみるうちにホラー極まりない様に一変し、口を半開きにしては…ブンブンと首を振っている。


「大丈夫だ、幸い被害は最小限に食い止めた。」

「……潰れてるよ…。潰したんですね?」

「心配ない、俺も共犯だ。悪いことは言わない、早く忘れろ。」

「む、無理~…。」

「じゃあ…、嫌なことは水に流そう。てか、手え洗わないと、二次被害が。トイレには迫田が潜伏しているから…別の所に。……相原係長、まだ時間ありますし、俺ら少し席を外します。」

「ああ。まだ勤務外だ、仏さんを弔うくらいの時間はあるだろう。」

こちらをチラリと見ながら合掌する、相原係長の口の端が…少しあがっている。

気象予報士の松本は、肩を震わせて…笑いを堪えている。

至って真剣なのは、やはりヤツだけなのは…明白だったが、一先ず空席の迫田のデスクに向かって、謝罪の敬礼をしておく。


それから、俺と鮎川は妙な手繋ぎをしたまま…刑事第一課の部屋を、後にしたのだった。





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