二十年後のクリスマスイブ
「俺は、あいつに教わっていたんだ…」

 桐人の発した軽い言動は、新井の奥深い心に密かに染み渡らせていた。喫茶店という心のオアシス…需要と供給のバランスが上手く織りなしてこそ良い店が出来るという等価交換…もてなす側も客も、このオアシスで心を癒されるという店作りという事を桐人は教えてくれていた。

「良かったら、この指輪を売って頂けないでしょうか?…一億の金をキャッシュで御用意しますけど……でも、何処で、この指輪を?…これは大変珍しい貴重な物です」

 取り憑かれたように穴が開く程、眺め終えて別れ難さを堪えるように客は新井に止めていた息を大きく吐き出すと、指輪を返して呟いた。

「見て戴いて有り難う御座いました。そうですか……この指輪は私みたいな素人でも素敵な指輪とは思っていましたが、貴方のお話しを伺って、これは、命より大切な預かり物だという事に、今気付かせて戴きました…」

 新井は指輪を愛おしそうに受け取ると、じっと暫く眺めて礼を言って頭を下げた。

「こういう物を気軽に預ける人が居るとは?…でも、預かり物という事は、いつか受け取りに来る?…」
「2008年のクリスマスイブに来ます…」
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