でも、好きなんです。
「この資料、どうもありがとう。すごく丁寧に作ってくれたね。単純なミスはほとんどなかった。さすが河本さん。」

 そう言って、課長が笑顔を浮かべる。きゅん。仕事のたびに、必ずなにかしらを褒めてくれる、この優しさ、心遣い。おまけにその美しいお顔。

「ただ、いくつか疑問に思ったところがあって・・・。例えば、ここの売上見込みなんだけど、どういう計算式で出しているのかな?上半期の上昇率の平均を出してかけたのかと思ったんだけど、途中からそうでもないようだし・・・。」

 そう言って、課長が資料をめくる。落とした瞳の睫毛が驚くほど長い。ドキドキしすぎて、長く見つめていられない。

「はい、そうなんです。二月以降については、二月の中旬に新製品の発売がありますので、その期待値を加えて計算してあります。なので、増加割合は異なっているかと思います。」

 懸命に説明する。

「ああ、なるほどね。よく考えられてる。オーケー、ありがとう。」

 自分の席にもどって、はあー、と心の中で大きく深呼吸する。

 課長と話すのは嬉しいのに、どきどきしすぎて心臓に悪い。話している間、あー顔近い顔近い、と思いながら、私の鼻てかってないか?とか、頬の毛穴、開きすぎててヤバくないか?とか、眉毛消えてないか?とか考えてしまってどうしようもない。

 振り向いてもらえるわけ、ないよなあ、とため息をつく。

 当たり前だ。美人でもなければ、たいして仕事ができるわけでもない。

 二十四にもなって、男の人から話しかけられると、あたふたして、気のきいたことも言えない。
 
 今だって、ついでに世間話のひとつでも、すればよかった、と思うのに、いざとなると、話しかけられない。
 
 あー駄目だ駄目だ、こんな自分!

 そうだ、今週末はばっちりいまどきの髪型になって、来週こそ、自信を持って、もう少しだけ、近づこう。とにかくまずは、普通に楽しく会話できる関係になろう!・・・私の求めるハードルって、めっちゃ低いなあ涙。

・・・いや、泣いてる場合じゃない。万里の道も一歩からって、昔の人も言ってたじゃない。
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