でも、好きなんです。
「どうかな・・・。

仲の良い夫婦か・・・。

夫婦って、難しいな。

・・・って、河本さんには、わからないよね、若いもんな。」

「・・・そう言われると・・・。

そうですよね、私みたいな子どもには、わからないことは多いですよね。」


 課長は慌てて首を振った。


「子どもだなんて、そんなこと言うつもりないよ。

・・・羨ましいんだよ、本当に。

・・・僕にもあったな。

僕が河本さんくらいのときは、仕事が楽しくて、毎日友達と飲み歩いて、好きな人もいたな、楽しかった、毎日が。

・・・こんなこと言い始めるなんて、完全におじさんだな。」


私は強く首を振った。

課長が、自分のことを話そうとしてくれてる・・・?


「聞きたいです。」


「・・・そんなに、面白い話でもないさ。」


「ただ、課長が話すのを、聞いていたいんです。

話す内容なんか、どうでもいいんです、私にとっては。」

私の言葉に、課長は、私をじっと見つめた。


「・・・河本さんも、ものずきな人だね。」


「好きな人・・・って言うのが、奥さんですか?」


「ああ・・・。うちの奥さんは、職場が一緒でね。

・・・こんなこと言ったら、河本さんが怒るかもしれないけど、河本さんに、少し雰囲気が似てるかもしれないな。

のんびりしてて、ほがらかで、なんだか目が離せない。

・・・考えてみたら、河本さんと窪田君の関係に似てるかもな。

彼女が二年下の後輩で入ってきて、世話を焼いているうちに、親しくなって。

ほっとけない、守ってあげたい、俺がいなくちゃ駄目な子だって思ってて。

でも、夢中だったのは、僕のほうだった。今、振り返ってみると。」


「・・・そうですか。

なんか、いいですね、そういうの。」


課長の口から、奥さんの話を聞くのは、正直辛かった。

だけど、それ以上に、課長が私に心を許して、自分の気持ちを話してくれたことが、嬉しかった。



「そうだね。

だけど・・・、もう、駄目なのかもしれない。」


「え?」


「奥さんにね、好きな人が、出来たんだ。」



プーッという車のクラクションの音が、遠くで聞こえた。

私は、思わず課長の顔を見たが、課長は、前を向いたままで、私のほうを見なかった。

その口元は、きっときつく結ばれていた。



「え・・・、それは・・・。」


「ごめん・・・。

こんなこと、突然話されても、困るよね。」


「いえ、そんな・・・。

それは、何かの勘違いとか・・・。」


「いや、奥さん本人からね、言われたんだよ。

ずっと、好きな人がいたって。

だから・・・、間違いない、よね。」



 そう話す課長の横顔は、とても寂しそうだった。



「学生時代に、付き合っていた人らしいんだ。

就職して、しばらく海外に住んでいたらしいんだけど、転勤で、少し前に、こっちに戻ってきた、って。

その人も結婚していたらしいんだけど、転勤してくる前に奥さんを病気で亡くしたそうでね。

それで、なにかと世話をしているうちに、やっぱり彼を今でも好きな自分に気がついた、って。

・・・もともと、憎み合って別れたわけじゃなかった、って。

だけど、彼が海外に行ってしまって、気持ちがすれ違うようになって・・・。

僕との生活は幸せだったけど、彼への気持ちも断ち切れない、って泣かれたよ。」



課長は、淡々と話し続けた。
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