19歳。人生日記~私の人生~
幼少期
あたしは九州のとある県で生まれた。

母親は知的障害と心臓病を患っていて小さいときから施設育ちだったそうだ。
母は15歳の頃、施設でレイプされたらしい。
それが原因であたしを孕んだ。
もちろん母には妊娠など理解出来る訳がない。
でも、母はあたしを堕ろさなかった。
強く産むことを決心したらしい。

あたしは産まれてすぐに実の祖母と義理の祖父のとこに引き取られた。
うちの家系はやけにややこしい。

祖母はあたしの実の祖父と離婚をしないまま別れ義理の祖父ともう50年近く一緒にいる。
祖母も実の祖父も義理の祖父も自己中心的な考えの持ち主であたしの母の兄弟は全員施設送りにされたそうだ。

そんな人のもとに引き取られたあたしは当然普通の子供と同じ暮らしなんて出来なかった。

義理の祖父はアウトドア派で家があるのにあたしも連れて小さいときから公園などで生活していた。
いうなればホームレスだ。

仕事もろくにせず、収入は生活保護のお金に頼るしかない。
そのお金も酒やギャンブル、タバコなどにつぎ込まれ、ガスや電気が止まるのなんて当たり前だった。
ご飯はコンビニの賞味期限切れのお弁当。
トイレも当然野外でお風呂は公園の水道水だった。

あたしが幼稚園の頃。祖父と祖母の金遣いの荒さはピークに達してた。
イライラしてあたしに暴力で八つ当たりするのなんて日常茶飯事だった。

とうとう誰にもお金を借りられず困った祖父母はあたしを自分達の友人に売った。
あたしは幼稚園にしてセックスを学んだ。

でも、それをしてお金を持って祖父母の元に帰れば笑ってくれる。褒めてくれる。一緒に寝てくれる。
その頃から家の稼ぎ口はあたしだった。
あたしはそれが普通だと思ってた。

でも、小4のとき別の県で祖父が万引きで捕まった。
祖父は焼酎を盗んだのに警察にはあたしのために盗ったと言っていた。

幸いにもあたしは地元の警察や児童相談所から捜索願いが出されていたらしく警察に引き取られた。

それからはほとんど施設生活だ。
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