焼けぼっくいに火をつけて
♯3
店を出た後、近くのコインパーキングに停めていた先生のクルマに乗せられ、たどり着いたのはひとつのマンション。

「先生の家ですか?」
「それ以外、どこだと思うんだ?」

質問に質問で返した先生は、またクスクスと笑う。

「ホテル代をケチった訳じゃないからな。ホテルだとチェックアウトの時間が気になるだろ。その点、家だとゆっくりできるし」

背中で先生の声を聞きながら、通された部屋を、キョロキョロと観察した。

あまり広くはないけど、清潔感がある。
ダイニングキッチンとリビング。リビングと続いている部屋は仕事部屋らしく、PCと本棚がある。

仕事部屋と反対側は和室のようだ。

そして、ひとつだけドアが閉まった部屋。
たぶん寝室だろう。

額にじんわりと生温い汗が滲み、思わず唾を飲み込んだ。

緊張しているわたしの横に立った先生は、何も言わずにミネラルウォーターが入ったグラスを差し出して来た。

そういえばノドがカラカラだ。

グラスを受け取り、一気に飲み干す。ノドは潤ったはずなのに、まだ心は枯渇している。

クスクス。
わたしからグラスを取り、シンクに置いて戻って来た先生は笑っている。さっきから先生は、笑うばかりだ。
ムッとして先生を睨んだ。

「先生、わたしのこと子供扱いしてますよね?」
「そうだな・・・。お前に限らず、担任して来たヤツらは、いつまでたっても高校生にしか思えないんだよな。でも・・・」

額にキスが落とされ、ふんわりと抱きしめられる。
頭に感じる、先生の頬。背中に添えられた左手は温かく、髪を撫でる右手は大切なものを愛でているみたいだ。

「子供にこんなことする訳ないだろ?お前は立派な大人だ、30前のな」
「30前は余計です、40前の独身男さん」
「俺はかろうじて30半ばだ」
「四捨五入したら同じですよ」

抱き合ったまま、わたしたちは肩を揺らして笑った。




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