喪失
春次郎さんは、その後奇跡的に一命を取り留めた。

でも、三日後の音楽会にはもう出られないだろう。

彼は、ぐったりとベッドに横たわって、目を覚まさない―――



「春次郎さん。」



ベッドの脇の椅子に座って、その手をぎゅっと握る。


目を覚ましてよ。

ねえ、お願い。

もう一度、一度でいいから。

あなたのサックスの音色を、聴かせて。

優しい顔で笑ってよ。

すみれ、って。

呼んでよ。

春次郎さん、ねえ―――


祈るように手を握りながら、私はそのまま眠りに落ちた。

面会時間を過ぎても、だれも私を起こす人はいなかったから。




その日の夢には、春次郎さんが出てきた―――




春次郎さんと私は、あの星空の下にいた。

彼は、あの日みたいに。

空を指差しては、私に星座を教えてくれて。



「すみれ、僕はあの星だよ。」


「どれ?」


「あそこ。青白い星だよ。見える?」


「うん。」


「青い星は、温度が高いんだ。それが、途方もない時間が経った後に、燃え尽きて赤い星になる。赤い星の方が、温度は低いんだよ。」


「ふうん。……春次郎さんは、青い星なの?」


「そうだね。まだ、できたばかりだから。」


「いずれ、赤い星になる?」


「うん。ずっと、ずーっと後だけどね。」



夢の中で、何故か私は泣いていた。

そんな私を、彼は優しく、包み込むように抱きしめて。



「僕は、赤い星になって、燃え尽きるまでずっと……」


「ん?なに?春次郎さん。」


「ううん、何でもないよ。」



彼の腕に、ぎゅっと力がこもる。

私も、しがみつくように彼の体に手を回した。



「すみれ、」


「すみれ」


「すみれ」


「すみれ、」



はっと目を覚ました。

何て悲しい夢を見たのだろう。

星になるなんて、そんなこと―――



「すみれ。」


「ん、……あ、え?春次郎さん!」


「やっと起きた。」



彼は、ふっと笑った。

信じられなかった。

もう目を覚まさないかと思った彼が。

いたずらっぽい目で笑って、私を揺り起こす。



「夢?」


「まだ寝ぼけてるの?」


「春次郎さん……。」



涙があふれて、止まらない。



「泣き虫すみれ。」


「はっ、春次郎さん……だって……」


「ごめんね。」



春次郎さんは、すまなそうにそう言って。

微笑むと、私の頭を撫でた。



「音楽会までに、これ取れるかな。」



彼は、腕につながれたチューブを忌々しい目で見る。

それすらも、まるで夢を見ているみたいで。

私は、神様に感謝したくなる。


せめて。

せめてこのくらい、許してください。

音楽会に出ることくらい、許してあげてください―――
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