碧い人魚の海

 34 首相の見解

34 首相の見解

 首相はやはり、忙しい人なので、長居はされなかった。
 言いたいことだけ言って、風のように去っていってしまった。

 術師に預けるといって、去り際に、副長を連れていった。
 もっとも副長としても、いつさっきのように危険人物と入れ替わるかわからない以上、貴婦人のそばに留まるわけにはいかないし、そのまま隊に戻るのもはばかられる。一も二もなく首相に伴われて、見た目は何の変哲もないあの官邸の馬車に乗り込んだ。

 代わりに護衛の1人が屋敷に残ることになった。
 公的な場にもよく姿を見せる護衛官で、名前と顔が一般に知られている人物であったから、隊長が戻ってきたときに彼からの説明があれば、納得してもらえるだろうということだった。

 部下のジョヴァンニは医師の診察を受けて、骨折などの重篤な怪我がないことが確認された。目を覚ました彼は、もとの天真爛漫な少年に戻っていたが、一度言霊であやつられると、いつまたなんどき術者の魔力の支配下に置かれるかわからないのは、副長と同じだということだった。
 ただし、直接の命令下に置かれる機会がなければそれは発動することがないので、実質的な危険性は、副長の存在を介してのみということになる。1人で残る分には危険がないだろうと判断されたので、彼は屋敷に残って本隊が戻ってくるのを待つことになった。

 少年にもまた、覚えていることと、記憶から抜け落ちていることが混ざり合っていた。
 自分が抜刀してブランコ乗りに斬りかかっていったことは覚えていて、こんなこととてもじゃないが姉に話せないといって、落ち込んでいる様子だった。

 それでも自分の攻撃がこともなげに躱されて、サーベルをもぎ取られてしまったことについては、「ロガールさんはお強いんですね」と、目をきらきらさせて賛辞の意を述べた。

 貴婦人が、少年に言った。
「あのあとの副長さんとの立ち会いも、なかなか見応えがあったのよ」
 それを聞いたブランコ乗りは貴婦人の方に振り返った。
「ひょっとして、奥さま、さっきはおもしろがっていませんでしたか? 全然止めてくださる気がなかったみたいでしたが」
「ええ」
 貴婦人は否定しなかった。
「あなたが剣で反撃するところが見たかったのですもの。だってあなたの本職は見世物でしょう?」

「かんべんしてください」
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