碧い人魚の海
見世物小屋と首相の使い

 35 ロクサムと一緒

35 ロクサムと一緒

 ほとんどの人の予想とは違って、逃げ出したナイフ投げは結局見つからなかった。
 あの日は早朝から、市境のすべての街道はたくさんの兵で封鎖された。港を離れる船も一隻ごとにチェックされた。登録庁にある人相書きに基づく検問が、一人一人に実施された。それにもかかわらず、彼は煙のように消え失せてしまった。
 あるいは、どこかで知り合いにかくまわれて、まだ街中にひそんでいるのかもしれない。
 どちらにしても、手掛かりはなかった。

 ナイフ投げの交友関係は幾度も洗われたが、大して人付き合いの良くなかった彼の周囲に、新しい人脈が浮かび上がってくることはなかった。
 それでも座長はあきらめきれないようで、彼に懸賞金をかけた。
 秋に予定の巡業は、しばらくの間、日延べになることが決まった。

 人々が危険な見世物を好むというのは本当だ。
 客足が鈍るのを恐れた座長は、ナイフ投げがいない間だけでもと、新しいナイフ投げを雇った。
 新しいナイフ投げはあまり腕がよろしくなく、的にされる少女が公演中に2回続けて怪我をした。
 ところが、それで却って見に来る人が増えるという妙な事態になってしまった。どこに飛んでいくかわからないナイフがスリリングだ、というわけだ。

 しかし、新しいナイフ投げが、3度目の出演をすることはなかった。
 ひとつには、的にされる少女がもういやだ、怖いと泣いて嫌がった、というのもある。
 もうひとつは、少女の治療費をナイフ投げの報酬から差し引いたら、渡す額がほとんどなくなり、馬鹿らしいと考えた本人が、これ以上続けることを望まなかったからだ。

 結局しばらくは、既存の座員のパフォーマンスで穴を埋めながら、新しいパフォーマーについてはゆっくり検討する方向で、落ち着いた。
 座長はともかくとして、ほかのみんなは今後、ナイフ投げの復帰はあてにできないと考えているようだった。

 一方ルビーは、憲兵騒動のあった翌々日、お屋敷の執事に連れられて登録庁に行って、登録を受けた。
 名前はロベルタ・ティンバールと記された。
 赤毛、碧の目。15歳。メリルヨルデ出身。
 メリルヨルデがどこかを知らないルビーに、執事が説明してくれた。連邦内にある九つの国のうち、一番北に位置する国だということだ。
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