碧い人魚の海
 そう賛同しつつ、舞姫はくすくす笑っていたが、ふと真顔になって、ルビーを振り返った。

「ねえ人魚。殺されそうになったばっかりのあんたにこんなこと言うのもどうかと思うけど、あれで座長はそんな最悪な主人ってわけじゃない。金の亡者だけど、それって、ある意味こういう施設を保っていくためには必要なことだとも思うし。第一、考えてることをわりとすぐに口に出すからわかりやすいし、腹黒くないっていうの? 時々威張るけど、威張るだけで、根に持つタイプじゃないし」

 目を丸くして黙って聞いているルビーに、ブランコ乗りが説明を加える。
「座長がいい人だって話をしているわけじゃないんだよ。彼女が言っているのは、座長のすることには対策が立てやすいって意味だと思う」
「それもあるけど、やっぱ比較的マシな方だとあたしは思うよ。なんていうか、つまり人買いの顧客になるような連中の中では。ってやっぱり比較対象が悪いか」

「とっとと逃げ出す方が利口だと、ぼくは思うんだけどな」
 ナイフ投げが綱渡りを終えたばかりのロープに両足を揃えて乗って、ロープをゆらゆらさせながら、ブランコ乗りは下を見おろした。
「もう一度聞くけど、赤毛ちゃん、本当に軽業を習いたいの?」
 ルビーも梁の縁にしゃがんで、下を見おろした。

 ルビーは12歳のときから時々人魚の海を抜け出して陸に上がり、海辺の町を探索してきたから、少しは人間のことを知っているつもりだった。
 けれども外側から彼らの生活を眺めるだけなのと、こうやって人間の中に入って直接会話を交わしたり、その表情から細かい心の動きを読みとろうとすることは、全然違うことなのだと、今は思う。

 うつろな空間の底に広がる暗がりの中に、四角い椅子がひな壇になって規則的に並んで、中央の舞台をぐるりと取り囲んでいる。今はだれもいないホールの客席が、出し物のときには熱気の渦に包まれる。半日前、確かにルビーもその中にいたのだ。
 何を思ってあのお客さんたちは、危険極まりない見世物に熱狂するんだろう。

 蓋をされた水槽の中に閉じ込められたとき、周囲に集まってこちらを見る人たちの表情の中に、ルビーは確かに暗い期待のようなものを感じていた。
 天井の高さを見上げる人たちの眼差しにも、似たものが混じっているのかもしれない。それは確信めいた予感だった。
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