彼の手の中の私


「……なんでもない」


だけど、やっぱりそれは声にならなかった。私の中の意思がそれを拒んだのだ。

あぁ、またこうなるのかと、私はもどかしい気持ちに手元のマグカップをグッと握る。


私は甘えてる。

彼の私への想いに甘えて、彼氏でも無い男の人にこうして甘やかして貰ってる。

彼は私を拒まないし、彼は私の全てを受け入れてくれるのだ。嫌な顔一つせず、むしろとても嬉しそうに。


だって彼はーー私の事が、好きだから。


「…好きってなんだろう」


私が思わず口にした言葉に、彼は少しだけ、一瞬の間だけ驚いたような表情を見せた。それでも…そのすぐ後。


「何?もしかして好きな奴でも出来た?」


なんて、薄っすら微笑みを浮かべながら聞いてくる。それは自分かもしれない、なんて事はもちろん微塵にも思っておらず、むしろ私に好きな人が出来ようが自分には関係無いとでもいうかのようだ。


彼は私の事が好きだけど、私の想いがどこに向いているのかは気にならないらしい。前に一度、“私に好きな人が出来て、もしその人が私の彼氏になったらどうする?”と、興味本位で尋ねてみた事がある。すると彼は、ケロリとした顔でこう言った。


『別に。何も変わらないけど』


私と彼に男女の関係は無い。でも、寂しい時、辛い時、いつでも彼は私の所へ来てくれて、こうして隣に寄り添いながら話を聞いて、頭を撫でて、抱きしめて…私を慰めてくれる。それだけのために来てくれる。たとえ私に好きな人がーー恋人が出来たとしても、それは変わらないらしい。

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