初恋lovers
「おばあちゃん、おやすみなさい」
パタパタと二人の足音が遠のき、いつものしんとした空気が戻ってきた。
「お布団、もう敷いてますよ」
居間でくつろぐ夫に声をかけ、お風呂に向かった。
手早く済ませ、火照った顔に手で風を送りながら、静かに襖を開けた。
もう眠っているであろう夫を起こさないよう、隣に並べた布団に身を横たえる。
「……美沙」
あの頃と同じ低い声が、久しぶりに私の名を呼んだ。
ここ何十年は指示語でしか呼ばれていなかったため、反応が遅れた。
そんな私に構うことなく、夫が体を起こし、こちらを見つめた。
「明日、京都に行くか」
突然の提案に、夫もあの日を思い出していたのかと可笑しくなる。
コロコロ笑っていると、もうええけぇ、はよ寝ろと叱られた。
「孝さん、楽しみですね」
寝返りを打ち、私に背を向けながら夫は苦々しく呟いた。
「……あれは、壁ドンじゃないけぇな」
「はいはい」
笑いを隠しながら返事をし、満ち足りた気持ちで眠りについた。
おわり