本当は怖い愛とロマンス
その隼人の笑顔を見た瞬間に、俺は、拳を強く握りしめる。
隼人は上手く誤魔化したつもりでいたのかもしれないが、俺には、笑顔の表情の奥で、別の人格が見え隠れしたように見えた気がして、今すぐにでも、渚の痣の事を思い出すと、渚のためにも殴ってやりたかった。
そして、隼人の行き場をなくした渚の愛情への敵意は、偶然にも俺の目を捉えているような感覚さえも覚えていた。
渚の居所を知る俺は、これ以上、隼人と話していると、感情に流されて下手な事をして、その皺寄せが渚にいきそうな危険を感じ、一刻も早くその場を去ろうと背を向ける。

すると、背中越しに隼人が言った。

「本木さん。また、同じ場所で俺の事、見かけるような事があったら、今度は、俺の新しい歌、最後まで聞いてくれませんか?」

「悪いけど、俺は、そんなに暇じゃないんだよ。」

そう誤魔化すのが、今の俺には、やっとだった。
隼人から貰ったサングラスを上着のポケットにねじ込むと、俺は振り向かずに、足早に中田の待つ車に戻って行った。

ドアを開けて、後部座席に座った瞬間、中田は呆れた顔で、俺を怒鳴りつけた。

「本木さん、何してたんですか?急に飛び出して!大体、いつも、そうやって、何でも自分勝手に行動されちゃ…」

中田がそう言って振り向くと、苛立った顔をして頭を抱えた俺を見て、一気に言葉を失う。

隼人のあの揺るぎない自信は、俺から渚の気配を感じたからだろうか。
それとも、ただの口からでまかせだったのか。
どちらにしろ、もう隼人と会うのは、孝之達への危険を避ける為にも出来るだけ避けなければならないと俺は、思っていた。

頭を充分に整理して、心を落ちつかせた後、黙ったままの中田の頭を一発殴ると、いつもの調子で必死に俺は、その場を誤魔化した。

「何、ボッーとしてんだよ!お前は。ささっと車、出せよ。」

俺のその言葉を聞いて、中田も安心したように、車を発進させた。

その夜、早々と仕事を切り上げた俺は、渋る中田をなんとか、真っ先に孝之の店まで送らせた。
隼人にあったあの時から、俺の中では周りが危険にさらされる前に、守らなければならないと言うはやる気持ちが孝之の店に向けていた。

店のドアを開けると、カウンターには浴びるように酒を飲んでいる奈緒とシェイカーを振る孝之、そして、その横には、孝之と同じように制服に着替えて、エプロンをした渚が、他の客に酒を運んでいた。

そして、俺に気づいた孝之は、笑顔で右手をあげると、奈緒の横の席を指差した。
孝之に言われた通り、俺が奈緒の横に座るや否や孝之が言った。

「来るなら、連絡くらいくれよ。ずっと、メールの返信がないから、もう、佳祐は、来ないと思ってたんだ。だから、奈緒がこんな酔って、荒れてんだぞ。佳祐がなんとかしろよな。」

孝之の言葉に、俺の横にいた奈緒が、手元にあったおしぼりを酔った勢いで、孝之めがけて、投げつける。

「孝之は、うるさいのよ!別に私は、佳ちゃんがいないから、飲んだ訳じゃないんだから。それに、私は、荒れてなんかないわよ!」

そう言って、興奮した奈緒の腕が、グラスにあたり、グラスを倒した拍子に入っていた酒が全て、テーブルにこぼれた。
それを客のオーダーをとりながら、見ていた渚が、カウンターの中にあったおしぼりを直ぐに持って来ると、奈緒の横に座っている俺に気付いて、笑顔で軽く会釈してきた。
それを見ていた孝之が、渚とアイコンタクトを送り合い、シェイカーを置いて、奈緒におしぼりを渡した隙に、誰にもバレないように俺に耳打ちした。

「俺、久しぶりに、興奮しちゃった。あの子話してみると、すっげぇいい子だったよ。お前もきっと、あの子とは仲良くなれると思うぜ。」

その呑気な孝之の言葉と渚へのさっきの態度に、俺は席を立ち上がると、身を乗り出して、孝之の胸ぐらを掴んでいた。
隼人にあった事で変に神経が過敏になっていたせいなのか、無性に腹が立った。

「今のどういう意味だ?それ。お前、ふざけてんのか?」

テーブルを拭いていた奈緒は、急に立ち上がり孝之の胸ぐらを掴んでいる俺に気づいた途端、必死に引き離そうとした。

「ちょっと、佳ちゃん!何やってんのよ!」

奈緒に身体を抑えつけられながら、無理やり席に座らされても、孝之から目線を外さなかった。

「ちょっと、佳ちゃん、どうしちゃったのよ?」

必死に呼びかける奈緒の言葉を無視して、しつこく、俺は孝之に言った。

「答えろよ。孝之。」

孝之は、乱れたワイシャツの襟を正しながら、苦笑いしながら、ため息をついていた。
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