本当は怖い愛とロマンス
夕方からの谷垣の葬儀に俺は出席していた。
1番前の席には恵里奈の座っている背中が見えていた。
俺は、あの日以来見る恵里奈の姿に少し動揺していた。
あの時、聞いた事実に俺は絶望し、彼女を拒絶した。
でも、谷垣の写真を見つめ少し涙を浮かべ悲しげな表情をする恵里奈を見ると心がかき乱されて、いてもたってもいられなくなり、席を立とうとした。

「本木さん?どうしたんですか?」

そんな無意識な行動を止めたのはトイレから帰ってきた龍之介だった。

「いや…」

俺は、龍之介の言葉に浮かしていた身体を再び椅子に戻す。
そわそわする俺を龍之介は心配そうに見つめて時計を確認する。

「始まるまでまだ、少し時間ありますから、
良かったらタバコでも吸ってきてください。始まる前に電話します。」

俺は龍之介に促されるまま、会場を出て外の喫煙所でタバコに火をつけた。
さっきの動揺する心を落ち着ける為だった。
すると、何度もライターがつかないのかカチカチという音が後ろから聞こえ、ライターをポケットから取り出して渡そうと振り向いた。

「西岡さん・・・?」

そこにいたのは、タバコを咥えた黒いスーツに身を包んだ西岡だった。
俺はライターに火をつけ、西岡の咥えているタバコに近づける。
煙を口から吐きながら「ありがとう」とつぶやく久しぶりに会った西岡の顔は少しやつれて疲れ果てた様子だった。
それにヘビースモーカーだった谷垣とは対照的に、西岡はタバコ嫌いで匂いも受け付けないといっていたはずだ。

「西岡さん、タバコ嫌いだったはずじゃ・・・?」

俺の問いかけに西岡は、少し口元を緩ませ微笑んでから答えた。

「俺は谷垣が吸うタバコの匂いが大嫌いだったんだ。特にこのタバコの銘柄の匂いが。でも、谷垣が死んだ次の日にあいつが大好きだったタバコを吸っている俺がいたんだ。不思議とこの匂いに包まれると、落ち着いたから。」

持っていたタバコの箱を強くぎゅっと握り締しめ、必死に涙をこらえようとしていた。

「俺、病院に行った次の日、谷垣に一緒に死のうって言ったんだよ。」


「えっ?なんで?」


「全部終わらせたかったからだよ。」

西岡はタバコを灰皿に押し付けるとため息をついて言った。

「今だから言うけど、谷垣の死んだ奥さんは俺の姉さんだったんだよ。姉さんは美人で優秀で完璧で俺の自慢だった。でも、とても残酷な人だった。姉さんは、本気で谷垣を愛してはいなかったんだよ。でも、俺が愛した人だから、結婚した。」

「それって?」

「そう。姉さんはね、弟以上の愛情で俺を愛してた。姉さんとは腹違いの姉弟だったからかな。俺が女嫌いになったのは、姉さんが原因なんだ。一度姉さんと…」

西岡は言葉を継ぐむように、タバコに火をつける。

「俺はその時、女が恐くて堪らなくなってね。計算高くて、あざとくて、嫉妬深い。恵里奈はね、俺の娘なんだ。姉さんが死ぬ前に耳元で、俺にそう言った。姉さんなりの俺への最後の復讐のつもりだったのさ。谷垣は何年も気付いてないふりをずっと続けてた。本当の現実を見れば、壊れてしまう自分が恐かったんだと思う。それをあの日壊したのは俺だ。」

西岡は、自分の姉が死んだ日の状況を俺に懺悔するかのように罪を静かに話し始めた。














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