本当は怖い愛とロマンス
彼女は一瞬悲しい顔をして俺を見つめると、直ぐに涙を浮かべながら笑って言った。

「うん…ずっと会いたかった。こっちにきて抱きしめさせて。」

彼女は手を広げ、優しく抱きしめた。
俺の震えは恐怖で身体中にまで達していた。
全ての言葉を飲み込み、ただ、彼女は受け入れていた。
彼女ではなく、俺が今求めていたのは、死んだ渚だと解っていたはずなのに。
俺は抱きしめられた瞬間、全ての全身の力が抜け、声をあげて泣いていた。
そして、握りしめていた手から銃が滑り落ち床に音を立てて落ちていた。

「俺はあの事故の日、お前の電話に出れた筈なのに後回しにしてしまった事をずっと後悔してきた。まさか、お前が俺の前からいなくなる日があんなに早くくるなんて夢にも思わなかっんだ。お前がいなくなってから、俺はずっと寂しくて堪らなかった…こんなにお前を失う事が苦しくて、辛いものだったって思い知らされた…」

俺は何年分にも溜まった渚への懺悔の気持ちを彼女に伝えていた。

「お前を殺した人間がずっと憎かった。でも、全ての真実を知った時、相手を殺したいと思う憎しみとどこかで縛りつけられていたものから解放されたという気持ちが入り混じったんだよ。ずっと望んでいた事だったのに…俺は迷ったんだ。渚を…愛していた筈なのに、解らなくなった。」

すると、彼女は俺の顔をあげて、微笑んで一言言った。

「きっと…形がないものを想い続けて、与えても見返りがないという虚しい現実にあなたは気付いてしまった…でも…悪く思う必要なんてない…人間は愛情も憎しみも悲しみもいつかは忘れていく生き物だって解ってる。だから、どこかで、みんな罪悪感や孤独な気持ちを抱えてる。」


そして、彼女は落ちていた銃を拾いあげて、こめかみに銃口をつきつけた。

「でも、あなたは私とは違う。孤独だと思っているのはあなた自身だけ。本当はあなたは沢山の愛情の中で生きている。」


あなたの未来はまだ太陽の様に光輝いてる。

彼女はそう一言言うと、カチャっと言う音と共に銃の引き金を自分の方に引き寄せた。




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