風が、吹いた

ぎゅっと下ろしていた手を握る。




「…やっぱり…椎名先輩が私に近づいたのって、単なる同情、ですよね。」




人間は悲しいときでも笑える生き物なのだ。それが自嘲的なものでも笑顔は笑顔だ。




「は?」




彼は眉を顰(ひそ)める。



「私がかわいそうな人間だから、捨てられた猫みたいなもんで、一時の感情で、一緒にいるだけでしょ?」



口は笑っていても、視界は涙でぼやける。




「何言って…」




近づこうとした先輩に対し、私は後ずさる。



本日二度目の盛大な溜息を、彼は吐いた。





「違う」




その言葉と同時に、彼は大きく一歩私に歩み寄り、捕らえる。




一瞬何が起こったのかわからなかった。





苦しい位に、抱き締められている。




自分の心臓が、壊れそうだ。




視界は涙でぼやけたまま。



先輩の鼓動が伝わる。




溢れた涙が頬を伝って、下に零れ落ちた。





「千晶は、猫みたいで」




さらに抱き締められる手に力が籠った。





「近づいたと思うと離れてくから。これでも慎重に行動してるんだよ」

< 196 / 599 >

この作品をシェア

pagetop