風が、吹いた
「それで、何かな?僕にできることだといいんだけど」
なるべく柔らかく言うことで、彼を落ち着かせようと思った。
心が定まらないのか、目線を左右に彷徨わせる彼の言葉を辛抱強く待つ。
日曜の閉店間際、アルバイトを終わらせてから、ここに立ち寄るらしい彼は、いつも爽やかな子で、礼儀正しいという印象だった。
今日もつい1時間前位に、ここでコーヒーを飲んでいた筈だが、もしかしたらある程度僕の仕事が片付くまで、外で待っていたのかもしれない。
ぼんやりと、そんなことを考えていると、彼が口を開いた。
「あの、3丁目にある、森の中の家って…佐伯さんのだって、聞いたんです」
思いもよらぬことを、言われて、一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。
「誰から、聞いたの?」
見当違いな質問だとはわかっていたが、そんなことしか聞けなかった。
「バイト先の、店長が話してたのが、通りすがりに聞こえてしまって」
悪いことでもしたかのように、彼が小さくなった。