フキゲン・ハートビート
「あおちん……ありがとう」
玄関でパンプスを履いているとき、そんな声が降ってきた。
すごくか細い声だった。
「わがまま聞いてくれて、ありがとう」
もしかしたらユカっぺは気づいているのかもしれない。
あたしのなかに存在している、
たしかに芽生えてしまった、
この感情に。
「……ううん。あいつにヨロシク言っといて! あ、あと、ちゃんと食えってね」
重たい黒のドアが閉まっていく。
その果てで、バタンという重々しい音を、背中越しに聞いた。
もうここに来ることはないのだろう。
そう思うとすごく悲しくて、さみしいけど、しょうがないか。
あたしは結局、負けているから。
自分の気持ちに、負けている。
あいつのこと好きかどうかわからない、とか。男として見ていない、とか。ただのドモダチ、とか。
そういうダサイこと言うつもりはない。
あたしは半田寛人のことを、たぶんもうすごく好きだと思う。
それくらい、子どもじゃないし、さすがにわかる。
でも、たしかに、負けたのだ。
揉めたくない、面倒くさい、コワイ、
そういう、気持ちに。
好きという気持ちが、負けたのだ。
結局のところ、あたしはあいつのことを、なりふりかまわずに好きにはなれなかったのだ。
それがなにより、いちばん悲しい。