フキゲン・ハートビート
でも、その答えなら、もうとっくに知っている気もするのだ。
「……雨の日に、黒い傘を貸してもらったときから、かな」
ぽつりと言った。
あたしの意識とはまったく別の場所でこぼれた言葉みたいだった。
隣の男は驚いた顔を隠そうともしない。
「あのときにはもうすでに、半田寛人は、“気になる存在”だった、のかも」
ぜんぜん、違うところにいるみたいだった。
この男だけ、教室にいても、教室にいないみたいな雰囲気を持っていた。
ひとりでも平気って顔で、イヤホンを耳に差して漫画を読んでいたり、机に突っ伏して寝ていたり。
すごいヤなやつだった。
とことん誰とも関わろうとしないでね。
あたし、傘返しに行ったとき、無視されたもんね。
むかついたなあ。
でも、どうしても、どうしようもなく、そういう姿を、目で追っていたようにも思う。
きょうも寝てやがるな。
きょうも漫画読んでやがるな。
きょうもダルそうな顔してやがるな。
ああ、きょうも、本当にヤなやつだな――
「たぶんね、本当はずっと、仲良くなりたかったんだ」
きみの世界を覗いてみたかった。
できれば、きみの世界に、入りこみたかった。
アキ先輩のうしろに座り、ただ黙ってビートを刻む男のことを、あたしはずっと、知りたくてたまらなかったんだと思う。