手の届く距離
見に覚えのない犯罪の犯人のように言われて一瞬焦るが、すれ違いざまに腕を叩いてきた晴香さんの手は優しかったし、こちらに向けた目は怒っていなかった。

祥子さんに目を戻すと、ゆらりと立ち上がるところだった。

慌てて駆け寄り、空いている腕を掴んで支える。

伏せられていた顔が少し持ち上がり、弱い笑顔を見せるところが、祥子さんらしい。

バスケの試合も、負けてる時のほうが、声が大きかった気がする。

顔色は思ったより悪くはないし、帰れると思っての行動なのだろう。

「無理しなくていいっすからね」

「ありがと。休んだらちょっとよくなったから。広瀬さん」

祥子さんのペースでゆっくり店の外へ足を進めかけたところで、広瀬さんが近すぎるくらいに顔を寄せてから「気をつけて帰ってね」と声を掛けて部屋に戻っていく。

あまりに突き放した言い方に猛然と腹が立つ。

彼氏になったんじゃないのか?

その前段階だとして、気になった女じゃないのか。

口説いていたのではないのか。

広瀬さんと入れ違いで、晴香さんが荷物を持って駆け寄ってくる。

「俺、送りますよ?先輩ん家知ってるし」

晴香さんの持っている荷物を預かろうと手を伸ばすが、晴香さんすぐに首を横に振って先頭に立つ。

「タクシー拾うから大丈夫。いい子ねぇ、後輩君。はしゃぎすぎの声が情けないけど」

それを受けて、祥子さんも心配そうに手を握っていたかなっぺの手をそっと離して、今度はしっかり顔を上げて笑顔を見せる。

「川原もかなっぺも一応主役なんだから、みんなのところ戻りな」

腕を掴んではいたが、体重をかけられることはなく、自分で歩けている祥子さんに従い手を離す。

無理してるのだろうが、言葉からも強く追うことはできず、タクシーに乗り込む2人を見送るしかなかった。

残された、一応主役の一角であるかなっぺをつついて、寒い外から店内に促した。

「ありがと、俺どうしたらいいかわかんなくて助かったっす」

「川原君に引っ張られたときはびっくりしたよー。しっかしハスキーな声になったね」

少し重かった空気を晴らすように二人で笑う。

その声もひどかったけれど。

振り返った先に、やはり広瀬さんはいなかった。

一応、今いる中では一番大人だったはずなのに、気遣いもせず放ったらかしにされたことも引っかかり、喉の違和感と同じようにべったりと胸に嫌な気持ちが張り付いた。


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