手の届く距離
直行するはずのスタッフルームの向かいある、事務所に立ち寄る。

事務所とは名ばかりで、鍵のかかる倉庫を無理に部屋にしたようなところで、金庫とパソコンが幅を利かせて、大人二人入ったら狭苦しい。

エアコンもないため、室温調整できず、大抵ドアが開けっ放しになっている。

ここに絶賛片思い中の彼が座っていることを祈りながら顔を出す。

いつもいるとは限らない。

いれば、少しでも話ができるし、店が忙しくて裏に回って来れない時はいないが、交代の時に話ができる。

今は、そんな儚い関係。

だから彼に会える時間は探さなければならない。

バイトの充実する夕方からのシフトでは一緒に仕事をすることはほとんどないため、貴重な時間になるのだ。

薄暗い部屋を覗くと、液晶の明かりを受けてパソコンに向かっているコックコート姿の男性。

広瀬修二さん、26歳。

肩書き、副店長。

まだ2ヶ月前に就任したばかりの見習い店長だ。

その他プロフィールは収集中。

「広瀬さん、お疲れ様です」

「ああ、北村君。お疲れ様」

開きっぱなしのドアに手をついて中に声をかけると、広瀬さんは作業の手を止めて、回転椅子を回して身体ごとこちらを向いてくれる。

それだけで、片手間ではなく、時間を割いてちゃんと対応してくれる優しさに喜んでしまう。

元カレの刈谷先輩と比べたら、ひょろりと頼りない体型に加え、優しげな笑顔からは着任当初は軟弱なイメージしかなかった。

しかし、すぐに褒める場所を見つけられるところや、飲み会では豪快に飲み男らしいところもある。

何より、店のお客様とのトラブル対応する姿で完全にやられた。

コックシャツはバイトが着用しているものと同じはずだが、好きフィルターがかかると誰より素敵に見える。

「広瀬さんがココにいるってことは、そんなに忙しくなかったってことですか?」

副店長という名の社員は何でもこなさなければならない。

急な欠員が出たり、シフトで人が足りない時には休みだろう関係なく出勤し、キッチンにもホールにも入るのに、それ以外にも、事務仕事や店長業務があり、常に忙しく動き回っている。

店にいないときは、本社に行っていたり、いつ休んでいるのだろうと、不思議になる。

「そうだね、平日だし、今は春休みだから君たちバイトも充実してる。たいしたことなかったよ。おかげで、店長ご用命の、来月シフトもできたよ」

こつこつと画面を指で叩いて広瀬さんが微笑む。

店長は店長でいい人だとは思うのだが、言動が軽くて、落ち着いて穏やかな広瀬さんに仕事を押し付けている印象があるので、割を食っているのでは、と勝手に心配してしまう。

広瀬さんが腕の分だけパソコンから離れると、狭い室内の壁にすぐ行き当たってしまう。

部屋の中には踏み込まず、ドア枠が境界線のように上半身だけ部屋に入れてパソコンのほうに首を伸ばす。

もう一歩の近づきたいが、その勇気は今のところまだ持ち合わせていない。
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