手の届く距離

正常な判断が出来ていない気がして、恋愛を休憩したほうがいいと思う。

「ゆかぴょん、なんでそう彼氏にこだわるわけ?女友達とつるんでたらいいじゃない」

「要りますよ、絶対!みんなキラキラして、急に大人になって、大学の授業なんてって言いながら、みんなちゃんと出来てて、進んでる。みんなと並べるの、彼氏の話だけなの」

話を聞けば聞くほど、由香里の言い分がおかしく感じてくる。

こんなことを言う子だとも思えない。

「ねえ、由香ぴょん。高校の同級生と会いな。失恋を慰めてもらって、ちょっと休みなよ。私じゃうまくいえないけど、疲れてるんだよ」

可愛い後輩だけれど、賛同も推奨もしてあげられない。

助けてもあげられない。

電話越しでは抱きしめてあげることもできない。

自信を持て、と励ますことも口では簡単だが、落としてしまった自信を拾い上げるのは大変な労力を使う。

時計を見ると、午後の授業が始まってしまう。

確かに高校生はみんな制服で、決まった型にはまっていたけれど、大学に入って個性豊かになって、世界が広がる。

制服の改造や着崩しで個性をひねり出していた人たちは開花するだろうが、同じであることに安心を見出していたら、きっと戸惑う。

「由香里?大丈夫?」

反応の返ってこない由香里に電話越しの刺激を与える。

「うん。ごめんなさい。やっぱり祥子先輩はかっこいいです。ぶれないですね。川原が好きになるのわかります」

「何冗談言ってんのよ。芯が強いのは由香ぴょんも一緒でしょ。私と由香ぴょん合わせて最強マネージャーなんだから」

まだ電話の向こうで鼻をすするような音が聞こえてくるが、声の震えは落ち着いてきている。

「由香ぴょん、今度一緒にごはんしよう?私の片思いの人話聞いてよ」

「え・・・先輩、刈谷先輩は?」

苦いところを掘り返されて一瞬言葉に詰まる。

以前由香里に会った時は言いたくなくてうやむやにしていたのだった。

川原が伝えなかったのもあるだろう。

晴香さん相手じゃなければ、意外と口が固いのかもしれない。

「大分前に振られた」

「うそ、あんな仲良かったのに」

素直な反応に気づかされる。

端から見たら、私と先輩は仲がよく見えた事実。

自分が思っていた気持ちと、合致して安心する。

「うん、好きだった。けど、やっぱり人生いろいろあるよね」

「ヤダ、祥子先輩。もうちょっと年取ってから言ってくださいよ」

由香里の笑い声にこちらも肩の力が緩む。

「ね、さっきの刈谷先輩との話だけど、先輩たちが賭けしてた話って知ってる?」

本当は川原に聞こうと思っていたことを、折角なので女子から聞いてみる。

「賭け?刈谷先輩が祥子先輩に告白できるかどうかって男子が言ってたヤツですか?」

「やっぱり、そういう賭けだったんだ」

あっさり出てきた真実に落胆を隠せない。

「やだ、先輩知らなかったんです?有名な話ですよ。刈谷先輩が今じゃない、今度、ってばっかりで、いつ告るかって賭けられてた話でしょう?バスケは速さ命なのに付き合うまでは超低速だったって。祥子先輩もよく待ちましたね」

明らかにされた賭けの内容に、泣けてくるほど安心した。

もう完全遅刻の授業も放置でいいくらい。

「うん。刈谷先輩のこと好きだったから」

解かれた誤解に情けなく語尾が震えて、笑いで誤魔化す。

「先輩、一緒にご飯、絶対ですよ。なんか無性に祥子先輩に会いたい」

「うん。マネ同窓会ってことでご飯行こうか」

「いいですね!」

日時はまた詰めようと言って通話を切る。

ずいぶん長く電話をしてしまった。

携帯を当てていた耳がじんわりと熱いことさえ、なんだか気分がいい。

川原と晴香さんに会う気力も満ちてきた。

今から学食に行けば空いているし、おいしいものをおなかいっぱい食べよう。

うんと背伸びをして改めて学食に向かった。

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