手の届く距離

大仏がコンセプトという一風変わった和風居酒屋を提案が承認されて、進めた足の行き先を定めた。

三方を仕切りで囲まれていて、個室風の雰囲気味わえる掘りごたつ席に案内され、最初のドリンクと摘むものを少し頼んで、店員がいなくなると、二人きりを実感する。

向かい合って座る間に落ちた沈黙の中、広瀬さんの艶を含んだ視線でじっとこちらを見つめてくる。

歓迎会での熱を思い出して、耐えられずに手で視線を遮るように顔を隠す。

「あんまり見られると穴が開きそうです」

「ごめんごめん、穴を開けるつもりはないんだけど、少なくとも、この間のことは怒ってないかなって気になって」

視線が和らいで、詰めた息を吐き出す。

これが大人の色気というものだろうか。

少なくとも年上の男で身近な父親と兄は、大人の男とは言えず、免疫がない。

「怒るわけないですよ。じゃなきゃ、今日こうやってご飯に誘ったりしません」

大分勇気を振り絞った末の行動であることも付け加えておく。

広瀬さんの人とナリを捉え切れていないせいか、一言一言にうろたえてしまう。

「よかった、この間の文句を言われるんだったら、早いほうがいいと思って」

「文句って、急にご一緒できなくなったのは私の事情なので、こちらが謝るくらいですよ。怒ってて連絡がなかったのかと思ったくらいです」

歓迎会の出来事をなかったことにするつもりはない様子に安心する。

飲み物とお通しが届いて、改めて乾杯をする。

「じゃあ、二人で飲めることに感謝して」

「こちらこそありがとうございます」

お互い、ジョッキグラスをガツリと合わせて一口目を飲む。

広瀬さんのスピードは相変わらず早く、ビールジョッキがテーブルに戻った時には中身が半分ほどに減ってしまっ
ていた。

学生飲みに近い飲み方に思わず聞いてしまう。

「広瀬さんって、豪快に飲みますよね」

「確かにそうだね。飲むペースが速いことをいいたいなら、元からなんだ。好きだからね。体質的にも強いんだ
と思うよ。新歓で大抵飲まされるだろ?同級生で僕一人だけだったかな、つぶれなかったの。逆に先輩たちがつぶれちゃって帰り大変だったなぁ」

お酒が入ると、途端に砕けた雰囲気になるのは、もしかして、人見知りするのかもしれないと思う。

強烈な酒豪談は尽きず、ジョッキも次々に空いていく。

前回の教訓を生かして、広瀬さんのハイペースにはついていかず、途中からウーロン茶に変えて飲酒量をセーブ。

何度目かの爆笑が収まったところで、広瀬さんが少し声のトーンを落として顔を寄せてくる。

「ココの店もいいけど、もうちょっと近くに座れるところに行きたいな」

澄ました顔で言われると、先ほどまでの笑いとのギャップにまた笑いがこみ上げてくる。

セーブはしていたけれど、少なくない量のお酒で酔っ払っていた。

「広瀬さん、なんか今の言い方がやらしいです」

くつくつ笑っていたら、広瀬さんがテーブルの下で足をつついてきた。

「男って大方そんなことしか頭にないよ」

さらに言い募る広瀬さんの下心に逆らう。

「もう、男兄弟がいるとホントそう思います。すぐ下ネタに走るし、兄と弟なんですけど、男二人で結託すると腹立たしいったら」

兄弟を持ち出して、色っぽい空気を壊す。

今日は初めてのデートなのだ。

しかも、まだこれといって確信できる言葉もなく、ただ楽しく飲んで食べて。

バイト以上、恋人未満。

好意があるだけよしか。

「そっかぁ、だから北村君は流しちゃうんだ。もっとこう」

中途半端なところで、広瀬さんは言葉を止めて、よっ、と言いながら立ち上がった。


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