夫婦ですが何か?
その瞬間に遊ばれていた髪も解放され首の後ろでさらりと揺れた。
あっ・・・、と、物悲しくなった自分の感情に驚いて、咄嗟に確かめるように髪を押さえた手を髪を結い直すことで誤魔化した。
でも、その手でさえ振り返った彼に待ったをかけられ。
「あっ、髪は下ろしてて、」
「はっ?」
「結ぶと邪魔だと思う」
いや、下ろしてる方が確実に邪魔なんだけど。
そう思いつつも言われるまま結びかけていたゴムを外すと癖を無くす様に手櫛を通す。
どうやら出発するらしい彼の姿からPCをシャットダウンすると鞄に突っ込んで席を立った。
ジャケットを羽織い忘れ物はないかテーブルに視線を走らせながら歩き始め、不意に視線を前に移すとすでに捉えられない姿に唖然とした。
一瞬視線を店内に走らせその姿を探す。
でもどんなに至る所を確認しようと確かに言えることは彼はすでに店内にいないという事。
あの男・・・・せめて待つとか出来ないのか。
まさかの置いてきぼりに若干の憤りを感じながら店内を歩きぬけ、『ありがとうございました』の声を背中に受けながら重い硝子戸を押し開ける。
隙間風の音を耳にし徐々に肌に冷たくなる空気を感じながらその身を外に出す。
その瞬間に風に遊ばれる髪の鬱陶しい事。
やっぱり邪魔だと不規則になびいて動く髪を押さえながら、事の原因の姿を探し左からゆっくり視線を動かし始める。
「なかなか絵になるよ」
その視線が追い付くより先に響いた声で視線を一気に声の方へ走らせ不満に口を開き、でもその音は響かず開いたままの口に外気が冷たく入り込む。
驚いたのは携帯のカメラを起動させ私を盗撮していた彼にではなく、その彼が寄りかかっている物に。
その為のこれか!と今更納得して髪の毛をギュッと握った。
そして怯む。
何を考えているのか。
いや、彼に言わせればきっと・・・【リハビリ】。
それが分かっているからなかなか近くに寄れず未だ迷惑も考えずに店先で立ち往生。
そんな私にクスリと笑った彼が困ったように見つめた後、思いついたようにポケットに手を入れ何かを握って取り出した。
そう思った次の瞬間には何の予告もなしに私に投げられたそれ。
瞬発的にそれを慌てながらも受け取って、この瞬間に彼の策に乗ったと気がつくと悔しさに満ちる。