GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
 絹糸みたいに柔らかな琴子の髪が美奈子の首筋にふわりとかかり、清潔なシャンプーの匂いがした。けれども密着した少女の身体は強ばって緊張している。ずっと心の奥底に閉じ込めたままの彼女の悲しみと孤独と寄る辺なさを、美奈子は暗がりの中で感じ取った。

 美奈子は琴子の肩に手を置き、少し身を低くして顔を近づけ、ささやくような声で尋ねた。

「どうかしたの? 何があったの」

 遮光カーテンで窓を覆われた部屋は真の暗闇に近く、相手の目の色はおろか、表情すらも読み取ることはできない。
 返事をしない琴子がしがみついたままだったので、美奈子も無言でそのまま待った。
 少しボリュームを落としたエイミーの歌声だけが重く、2人の頭上を流れていく。
 美奈子の肩口に頭をもたせかけたまま、やがて琴子は、ひどく小さな声でつぶやいた。

「どうして……」
「なに? 琴、よく聞こえないわ」
「どうして美奈にはわかるのかな。あたしが落ち込んでるって」

 梅宮紀行から電話があったことを言う代わりに、美奈子は繰り返して尋ねた。

「何があったか話してくれない? でも、琴、その前に座ろうよ」

 しがみついたままの琴子の手を邪険にならないように細心の注意を払ってそっとはずしながら、美奈子は琴子を促した。真っ暗に思えた空間も、少ししたら目が慣れて、部屋の中の様子がいろいろと見えてくる。いつもはおさげに結わえている髪をおろしたままの琴子の華奢なシルエットを目で追いながら、カバーをかけたままのベッドに並んで腰をおろすと、今度は自分から琴子の頭を自分の方に引き寄せた。

「何があったの?」
「たいしたことじゃないの」

 引き寄せられるままに美奈子の肩に頭をあずけながら、琴子は小さく首を振る。

「さっきママに、髪を切ってくるように言われて……大事に伸ばしてきた髪だから切りたくないって言ったら……」
「喧嘩になった?」
「うん。っていうか、叱られちゃって……」

 琴子は続いて何か言いかけて口をつぐみ、ちょっと間を置いて言い直した。

「あした……学校から帰ったらすぐ美容院に行って短くしてきなさいって」
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