GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
 琴子のママからの電話がかかってきたのは、さらにその翌日の土曜日の夕方だった。

 雨は夜半過ぎまで降り続いていたようだったが、夜明け前には止んでいた。朝10時ごろ、美奈子が隣家の車庫を覗いたとき、琴子のママの車はすでに無かったから、琴子を塾に送っていったのだと思った。

 午後になってなんだか騒がしいのでもう一度外を覗いて見ると、桜井の門の前に軽トラックが止まり、大学生ぐらいの若者が2、3人、庭に入り込んで、なにやら重そうなダンボール箱を幾つも運び出しているところだった。

 何をしているんだろうと思っていたら、家の中から兄の知明が出て来て、ダンボールを抱えた男たちと話を始めた。ちょうどそのとき、琴子のママの運転する車が戻ってきて、そのあと言い争いが始まった。いや、言い争いというよりも、ママが一方的に知明に詰め寄っているような感じだった。

 いけません。パパが許さないって言ったわ。どうやって……つもりなの?

 切れ切れに言葉が耳に飛び込んできた。きのう知明の高校時代の話を聞いたばかりだったこともあって、自然に注意がそちらに向いてしまう。それでも、盗み聞きをしているのはあまりいい気分ではなかったので、美奈子は自分の部屋の窓際をそっと離れ、階段を降りてパパの書斎に移動した。

 平日は自分のもののように書斎に入り浸っている美奈子も、土曜日はいつもパパがいるので遠慮していたが、きょうは両親揃って休日だったため、2人でどこかに出かけている。
 真由子もアルバイトだかで出かけ、一人だった。

 課題のワークを済ませ、ヒアリングマラソンのテープを聞きながら、ゆっくりと本を読みふけっていたが、窓の外が茜色に染まる頃、居間にある電話の呼び出し音が聞こえてきた。
 コール音は4回鳴って、留守番電話に切り替った。両親も姉も、まだ戻ってきていない。
 美奈子はヒアリングのテープを止めて、パパのデスクの肱掛椅子から立ちあがった。誰もいないのなら、そろそろ夕食の支度を始めた方がいい。少なくとも米ぐらいは研いでおいた方がよさそうだった。

 カーテンを引いたままのほの暗い居間に、留守録のランプが点滅していた。気は進まなかったが、美奈子は再生のボタンを押した。
 琴子のママの声だった。

「隣りの桜井です。琴子が行方不明なの。もしも何か心当たりがあるようだったら、すぐに連絡をください」
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