GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
 梅宮がぶつぶつ感想を述べる横で、口には出さずに美奈子は考える。確かに知明のいうように成績のこともあるかもしれない。琴子のママは琴子に、成績のよい子とだけ友達づきあいをしろという。勉強の出来ない子はダメだ、とまでいう。

 それでもそれ以上に、美奈子が琴子のママに受けがいいのは、意識して美奈子が彼女に気に入られるように振舞っているからだ。
 ママと美奈子の間がぎくしゃくすると、琴子が動揺する。不安定になる。琴子に笑っていてほしいから、安心していてほしいから、幸せでいてほしいから、だから難しい琴子のママと努力してそつなくつきあって来たのだ。

 けれども今も、どこかで美奈子の心は揺れている。
 琴子のママは、琴子を自分に従属するものとして扱い、暴君のように振る舞い、平気で傷つける。このあいだの夜のようないさかいは、これからもきっと繰り返されるだろう。

 本音を言えば、いっそ、琴子とママを引き離してしまいたい。自分にそれをする力さえあれば。そして、琴子がそれを望みさえすれば。今は無理でも、琴子がもう少し大人になったら。知明のように、家を出て1人で暮らすことのできる年齢になれば。

 でも、琴子はママを切り捨てることはできないのだと言った。お兄ちゃんのようにはなれないと。
 ここに来る途中の車の中で真由子は、琴子が帰ってこない理由を、知明が家を出たショックからではないかと話していたが、多分それはない。あの日、美容院でそのまま母親と別れた琴子に、兄のことを知る機会はなかったからだ。けれども琴子は知っていたのかもしれないとも思う。琴子は知明が近いうちに家を出ようとしていたことを、なんとなく察していたのかもしれない。

 父親は実害がないので気にならない。一方母親には用心した方がいい。異母弟にそう忠告した彼の言葉には、自分の親に対するいかなる思いも込められていない。反発や失望といった、ネガティブな感情すらも。すでに知明はすっきりさっぱりと、親に対して見切りをつけてしまっているのだ。

 知明の顔が冷たく見えるのは、その表情があまり変わらないせいだ。真由子の言っていたような尊大で傲慢といった印象を、今まで美奈子は持ったことはない。だが、とっつきにくい印象なのは確かだ。よくしゃべり、表情も豊かな梅宮とは対照的だ。
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