GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
17
「そっか」

 走る電車のドアごしに流れて行く朝の町並みを横目に眺めながら、琴子はつぶやいた。

「お兄ちゃん、そんなこと言っていたの」
「ええ」

 美奈子は頷いた。

「琴のこと頼むって、お願いされちゃったわ」
「そっか……」

 他に言葉が見つからなかったらしく、琴子はただ、そう繰り返した。

 駅のホームのベンチに隣り合って腰かけて電車を2本乗り過ごし、美奈子は土曜日の様子をかいつまんで説明した。おかげで遅刻ぎりぎりの時間。少なくともホームルームには確実に間に合わない。1本前の満員電車と違って、乗り込んだ車両は立っている人と人の間にかなりスペースの残る混み具合。

「琴のお兄さんに、高校の頃つき合ってた彼女がいたって話、知ってる?」

 聞くと、琴子は目を見開いてかぶりを振る。

「その彼女とね、今度もう一度つき合い始めることになったんだって」

 それは土曜日の夜、知明が店を出ていったあと、残った梅宮から真由子が聞き出した情報だった。




 知明が席を立ってすぐさま、真由子は牽制するように梅宮に言った。

「あなたは先に帰るなんて言わないわよね、少年」

 美奈子から見て姉の真由子は、6つも年上であるにもかかわらず、ひどく大人気ないところがある。美奈子も相当の負けず嫌いを自覚しているが、真由子の場合負けず嫌いに加えて子供みたいにむきになりやすいという短所を持っている。

 パスタを食べ終わった後、デザートのシャーベットをつついて紅茶を飲みながら、真由子と梅宮はお互いに、傍で聞いているこっちがうんざりするような厭味の応酬を繰り返しながら会話のとっかかりを探り始めた。
 それが途中から、どうして知明が異母兄弟の梅宮紀行とコンタクトを取るようになったのかを聞いたのがきっかけで、思わぬ打ち解けた雰囲気に変わってしまう。

 梅宮が知明と知り合ったきっかけは──きっかけというのか、そもそも最初は知明が梅宮が中学1年のときに、通っている中学にやってきて校門で待ち伏せしていたのだという話だった。そう、ちょうど先週、梅宮が琴子を待ち伏せしていたように。

 初対面の梅宮に知明は、いきなり言った。親父に押しきられてなりたくもないのに医者になることにしたのだったら、やめておけ。きついし汚いし、傍で思うほど楽して儲かる仕事じゃないぞ。
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