10回目のキスの仕方
* * *

「ねー、あたしを巻き込んだのはさぁ。」
「んー?」
「意図的に?」
「…さぁ?」

 洋一はしらばっくれたが、明季にはお見通しのようだった。

「嘘が下手ねー。美海みたい。」

 夏の乾いた空気に、明季の笑いが溶けた。親友の名を口にした明季は夜空を見つめていた。

「ぎこちなかったね、今日。」
「そーかぁ?」
「美海の方もだけど、…なんていうか、浅井サンもちょっと変な感じ。」
「浅井のこと、よく見てるんだ。」

 洋一の胸を刺す小さな痛み。言い方が少しとげとげしくなってしまった。明季はそれに気付かずに、口を開いた。

「そりゃあ、美海のことだから。」
「浅井も?」
「やけにつっかかるわね。美海ありきで浅井サンのことも見てるよ。美海に害をなしたら許さないし。」
「おーこわ。で、今の俺の働きは松下さんに迷惑かけてない?」
「心配だけど、大丈夫じゃないかな。なんだかんだ浅井サンってフォロー上手なイメージ。」

 明季の口から次々に出てくる、圭介を評価する言葉に少しずつ苛々がたまっていく。そんなことに気付く気配もない明季は優しく微笑んでいる。

「…上手くいくといいんだけど。」

 その横顔はやはり優しい。そして、圭介のことを好きではないとわかる言葉を聞いてどこか安堵している自分に気付いて、洋一は笑った。

「なに?」
「いや、…明季にとって松下さんがいつでも一番なんだなって。」
「あー…まぁ…そういう節はあるかもね。美海は恩人だから。」
「恩人?」

 明季は口元を小さく緩めて、海を見つめた。海はザザンと波の音を大きくした。

「ジュース買ったし、戻ろう。あんまり二人っきりにしちゃうと気まずさに耐えかねて美海が壊れちゃう。」

 くるりと自分に背を向ける明季に、洋一は思わず呼び止めた。

「…明季。」
「んー?」

 振り返った彼女はいつもと同じような、明るい顔でそこにいる。

「…いや、なんでもねー。行こう。」
「…変なの。」

 そう言ってもう一度笑う明季に合わせて洋一も笑った。

『…一番が松下さんから違うやつに変わってくれねーかな。』

 独り言は、そっとしまった。
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