10回目のキスの仕方
「…圭介くん、4人兄妹なんですか?」
「そう。その3番目。」
『きゃーほんとにいるし、美海さん!』
「日和、本当にびっくりしてるから。」

 心臓がドクドクいく音が電話越しに伝わってしまうのではないかと思えるくらいにはうるさい。

「…美海、大丈夫?」
「…えっと…だいぶ…あの、昨日よりもずっとびっくりしてるんですが…でも…。」

 美海はテーブルに置かれたスマートフォンに向き直った。一歩踏み出したい、という気持ちはある。あるならば、とどまっているだけではだめだ。美海は、圭介の手に触れた。

「…美海?」
「…あの、お邪魔しても良いなら…伺いたいなって思うのですが…良いですか?」
「え…。」
『だーいかーんげーい!いつ来ますかー?』
「あの、バイトのシフトを見ないと何とも言えないのですが…早めにお伝えできるようにします。すみません。」
『美海ちゃん本当に来てくれるんだ…。お兄さんは嬉しい!』
「あの、後日連絡致しますので…。」
『圭ちゃんも美海さんも早く来てねー!じゃ!』

 とても一方的に切れた電話に、圭介は深くため息をついた。そしてゆっくり美海の方に向き直る。

「…ありがとう。」
「…こちらこそ、です。」
「なんで?」
「…勇気、もらいました。」

 それは、いつもそうだ。圭介の手はいつだって勇気をくれる。一歩踏み出す力が欲しくて圭介の手を求めた。そして圭介の手は優しくそれを受け入れてくれた。

「悪いようにはしないと思うけど、まぁ電話の感じで伝わった通りのうるさい人たちだよ。」
「とっても楽しそうな家族ですね。…緊張しますが。」
「緊張して会うとがっかりするよ。」
「…そんなことないですよ。ただ…。」
「…ん?」
「…私の家とは違いすぎて…私は馴染めるかなぁって。」

 不安に思っていたことが、いつの間にか口からすべり落ちていた。

「…違うって環境がってこと?」
「そう、ですね。電話からですら伝わってくる楽しい空気、…も、かな…。」
「…じゃあ、違うって割り切って楽しめばいいよ。美海が経験しなかったものを、うちの家族で経験すればいい。」

 圭介の手が美海の手の上に乗っていた。ぎゅっと握られて心拍数が上がるのと同時に、心の奥の方に安心感が広がっていく。

「俺のために頑張ってくれたんでしょ。…だから、ありがとう。」

 全てを汲んでくれようとするその優しさに応えるだけの強さが欲しいと思い始めていた。だからこそ、向き合いたいとも。目を逸らし続けてきた様々なものに。
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