レオニスの泪
落ち着きを取り戻してきた私。


怪訝な顔をして、見上げた推定医者は、背が高い癖にベビーフェイス。


明るい髪色に緩めのパーマが掛かり、ふわっとしていて、何歳なのかはわからないけれど、若そうだ。




「放って置くと、今より苦しくなる。僕、ここの精神科の医者なんだ。暫く通う事をお勧めするよ。」





―何が悲しくて精神科?!ふざけてる。




その顔はどこかしら余裕があって、無性に腹が立つ。

それは多分。

自分自身にとって、余裕という言葉が余りに遠くにあるからだ。




「精神科?結構です。そんな暇ありません。」



ぴしゃりと言い放ち、背を向けた。




私が精神的におかしいとでも言うのだろうか。

内科を勧められるならまだしも、精神科なんて。




「じゃ、君は肺炎だったり、癌だったり、骨折したりしても病院に行かない訳?」




「はぁ!?」




歩き出した所で淡々と追いかけてきた声に、今度こそ完全に振り返って主を睨みつけた。



「精神科は暇な人が来る所じゃないよ。心についてしまった傷や罹ってしまった病を治す為に来るんだ。心は命に直結している。」



さっきと変わらない位置に立ったまま、じっと私を見つめる彼の表情は笑っているように見えなくも無い。


そういう顔なんだろうけれど、全て見透かされているように見えて苛々が募る。



「貴方に何がわかるっていうんですか?」



若い男。


何の苦労もしていない、何も抱えていない、そんな男。


人生経験はきっと私より浅い。



医者だし、お金のかかる勉強ばかりしてきたんだろう。



そんな奴に、誰が心を打ち明けるか。




心底馬鹿にしたように鼻で笑って見せて、踵を返すと逃げるように走った。




「君の心は血だらけなのに。」




風に乗って届いた言葉には、聞こえないフリをした。

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