蝶は金魚と恋をする
それでも今の着信でキスをするという空気は壊れたらしく、一琉は欠伸をすると何故かTシャツを脱ぎ始めた。
「ごめん凪、後払いでシャワー貸して」
「ああ、うん。ってかお金いらないし」
「………」
ん?何で黙る?
一琉が不思議そうに私を見つめてくるから疑問を表情に乗せて返すと、何だか納得いかないようにお風呂場に向った。
やっぱり変な奴。
そう思いながら食器を片付けてようやく部屋に戻った。
畳の部屋に座りこむと買ってきてあったスポーツドリンクを飲み始める。
だいぶ温くなったそれは美味しいと言い切れない微妙なもので、さっきの一琉とのキスを思い出す。
与えられた感触や熱は何故か甘美で心地良いものだったのに、感情がともなわないそれはどこか気持ちいいとは言い切れない。
だけど、久しぶりに高鳴った自分の胸が不思議と心地良かった。
私はまだ感情を揺らす事が出来るんだ。
「凪っ、」
突然呼ばれて振り返ると、まさかのシャワー上がりたてで水を滴らせた一琉が裸のまま立っていて、落ちる水滴に眉根を寄せる。
だけど瞬時に目を奪われたのは一琉の裸とかでなく、腹部の右側に掘りこまれた紫の蝶の刺青だった。
「凪、タオル貸して」
「あっ、うん。そうだったね」
一琉の声に反応してタオルを用意して手渡すと、再び一琉に不思議な顔で見つめられた。
「何?」
「うん、俺さぁ今真っ裸だよね?」
その質問をされて一琉の身体に視線を走らせるとすぐに顔に戻していく。
「だね。お風呂入ってたから当然じゃない?」
「凪って何?キスは真っ赤になってビビるのに、男の裸は見れちゃうの?」
ああ、なるほど。
普通なら、キャッ。的な反応を返す物なのか。
何となく納得しつつもそれを実行するわけでもなく、一琉の顔を見つめてしまう。
「ん~、仕事柄見慣れてる。……から?」
「えっ、官能的なお仕事?」
一琉がやや期待に満ちた顔をするから、溜め息をつきながら否定する。
「違うよ。銭湯で働いてるの私」
「………銭湯って、何?」
またか……。
疑問顔を向けて来る一琉に銭湯をどう説明しようか迷ってしまう。
この男は確実に日本人なのに何故こんなに日本文化的な事を知らないのだろう?