金魚の群れ
日中の仕事でどうしようかとも思ったけれど、空いた講義の時間を利用したりして、週に何日かのペースだけれど続けることができた。
もちろん長い休みのときは、毎日のように出たけれど。

おかげで思ったよりも自由の利くお金ができたりもした。
それに・・・。

「ああ、ひめちゃんが今日で終わりなんてさみしいわ」

ほとんどの片づけが終わって、調理台や食器の洗浄を手伝っていた私にそんな声をかけてくれるのは、ここに一番長く務めている長瀬のおばさん。
長瀬さんって呼んでいたけど、「やだわ、老け込むから『ともちゃん』と呼んでよ」なんて言ってくれた、さすがに『ちゃん』付けはできなくて、『ともさん』と呼んでいる。

「ともさん、そういってもらえてうれしいです。私も本当ならまだまだ続けたいですけど・・・」

そう、本当はもっともっと続けるつもりだった。
本社の人にも、卒業したらこのまま食堂に就職しないかなんて言ってもらえて、ちょっとだけ考えた。

でも。

「新しい学校がもっと近かったらよかったのですけど」

そういって笑えば、ともさんのマスクの上の目が三日月みたいに細められた。

「そうよね。新しい門出だものね」

ともさんは、少し寂しそうな声色でそう言うと、キュ、キュと手の持った布巾に力を込めて銀色に光る台を磨き上げていく。

「今日はもう終了ね。週末の送別会は、はじけるわよ」

布巾を片手に、スキップでも踏むようにほかの人たちのところに向かって歩いていく、ともさんの背中を見送る。

そう、最後なのに会えなかった。
あの人が座る定位置に目を向けても、人の影はない。
いつもなら休憩をしているだろう時間なのに姿がないということは、今日は休みなのだろう。

最後だから、頑張って勇気を出そうと思っていたのに。
ロッカーの中にしまっている小さな紙袋を思うとため息が出てくる。

「ひめちゃん。ミーティングするわよ」

ともさんの声がして、同じ格好をした数人のおば様たちの輪の中に駆け寄った。

さあ、最後のあいさつをしに行こう。
< 5 / 23 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop