冷酷男子の溺愛



ーー


ただいま、と自宅の方の玄関から家に入る。


「……っ」


すると同時に、込み上げてくるものがあった。


『知奈、好きだよ』


キミのその屈託のない笑顔が大好きだった。

飾らない、思い切り笑う顔が、何よりも好きだった。


『ねぇ、悠、歩くの遅くない?』

『その靴新しいから、靴ズレでもしたらどうすんだよ』


キミの優しさが好きだった。

少し心配性だったけど、キミの心遣いがわたしには心地よかった。




ーー『さゆ』


ああ、これからどうしようか。

キミの笑顔も優しさも全部、わたしだけのものではなくなってしまった。


もう、全部全部

手遅れになってしまった。



「……悠っ」

玄関に座り込んで顔を伏せた。

何で上手くいかない日に限って、楽しい思い出ばかり浮かんでくるのだろう。



「……なんでよっ」

何で今になって、こんなに恋しくなるのだろう。


「っ」

わたしは涙を我慢できなかった。


ま、いいや。

今お父さんもお母さんもお店に出てるからバレないし。




「……バカ、アホ、クズ……それでも好きなんだからっ」


少し楽になりたかった。

自分の胸の内にあるものを、さらけ出したかった。

怒り任せに散々なことを言って顔を上げると、目の前にいたのは予想外の人だった。



「……女の泣き顔ほど、面倒なものはないんだけど」



え、ウソ。


……どうしよう、よりによって瀬戸内くんに聞かれてしまった。




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