アロマティック
 唇に指で触れると、まだ永遠のぬくもりが残っているような気がして、みのりは手の甲で唇を拭った。
 失恋したって聞かされたとき、そんな話しに耳を傾けないで、さっさとあのまま席に戻ってしまえばよかったのだ。
 でも、あんな寂しそうな表情見たら……ほうっておけなかった。
 男とあんな密室にいたことすら自分で驚きなのに、そこで会話するだけじゃなく、キスまでするなんて。
 でもあれは望んでしたことじゃないんだから、事故みたいなものだ。

 優しさにつけ込んであんなことするのは最低だよ。
 もう二度と会うことはないが、強烈なインパクトを残した永遠のことは、一生忘れそうになかった。

 もう戻れない。
 こんな不安定な気持ちのまま、賑やかなところへ戻れない。
 取り乱したみのりは、席に戻ることなく、その場をあとにした。


……………………。


 ピンポーン!
 遠くでインターホンの呼び出す音。

「ん……」

 寝ていたみのりは重いまぶたをこじ開け、頭をあげる。
 朝日の射し込む窓の外ではスズメが鳴いていた。
 時計を見ると7時。
 こんな朝早く、誰? 目が覚めたばかりのみのりはのろのろとベッドを出た。ボサボサの髪のままハッキリしない頭と、あまり機能していない眼でよろよろと玄関へ向かう。

「はい……」

 内鍵をかけたままドアを開けて、ドアの向こうに立つ人物を目にし、

「えっ」

 頭がハッキリと目覚めた。そこには思いもよらない人物。

「と、とととと永遠、くん……」

「仕事だ」

 そこには、朝日にも負けないくらい眩しい笑顔を浮かべた永遠が立っていた。
< 32 / 318 >

この作品をシェア

pagetop