砂の鎖
「亜澄さん」


どうしたらいいのかの答えが出ずに、身動き一つ取れずにいた私は真人の後方から聞こえてきた声にビクリと肩を揺らした。
真人も驚いた様にその声に振り向いた。


そこには一人の、身なりのいい中年男性が立っていた。

彼は黒塗りの高級車から出てきて、私はそんな彼に驚き、スクールバッグを握る手に力を入れた。
スクールバッグに入っている今朝、ポストから鷲掴みにして乱暴に入れた封筒が。

今まで、見て見ぬふりをしてきた問題が。

唐突に、私にその存在を主張する。
冷や水を頭からかけられたかのように、私は今まで、目を逸らし続けてきたことを意識させられた。


「……誰?」


真人は、不審げ目を細めてに私に問いかける。


「……ああ、桑山さん……お久しぶりです……」


私は、中途半端な笑顔を浮かべて彼に挨拶をした。


「学校まで押しかけて申し訳ない。手紙に書いたんだが……」

「真人、この人母の知人なの。悪いけど話はまたにして」


私は彼の言葉を遮るように真人に声を掛けた。
真人は私の様子に何かを感づいただろうか。
無言で私を見たけれど、そんな真人に桑山さんが柔和な微笑みを見せ、大事な話があるから申し訳ないと堂々と言えば真人は何も言わなかった。

私は真人の横を通り過ぎ、彼に頭を下げる。
桑山さんに促され、自転車を校門脇に止めた。
あとで取りに来ればいいだろう。そう思って。

結論を出さなければいけない時が、来てしまったのだろうか。
避け続けてきたことに、答えを出せと言われているのだろうか。

進路のことも、真人のことも、この人のことも、そして……



私は彼が運転する車の助手席に乗り込んだ。

心配そうにする真人に、又明日とぎこちない笑みを見せて。
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