砂の鎖
――はじめまして。あずちゃん。薫さんの自慢の娘なんでしょう?


拓真と初めて会った時、私はまだ六歳だった。
ママの恋人ではなく友人としてうちに遊びに来ていた拓真。
拓真は小さな私と目線を合わせるようにしゃがみこみ、抱きしめたり頭を撫でるのでは無く私に握手を求めた。


――薫さんとよく似た美人で薫さんよりしっかり者だってね


あの日、拓真はそう言って甘ったるい微笑みを私に向けた。


「あず。スーパー寄って帰ろうか」


振り向いて微笑む拓真の瞳は今も変わらない。

変わらずに優しくて、苛々するほど甘ったるい。


「今日の夕飯は俺が作るよ。あずの好きな鯵の南蛮漬けにしようか?」

「拓真……」

「ん?」


続きを促す為に立ち止まった拓真。
私は突然自転車に跨り勢いよく追い越した。


「おい! あず! ちょっと……」

「早く行かないとタイムセール品無くなるでしょ!」

「あず! 待てって!」

「私、厚揚げ豆腐も食べたい!」


拓真の声を後ろに聞きながら、私は自転車を漕ぐ。


視線の先には暮れなずむ空には輝き始めた宵の明星。

ママがお客さんに買わせた大きな一粒ダイヤのネックレスみたいに明るく輝く星だ。



拓真はいつまで経っても変わらない。

ママが死んでも何一つ変わらない。


私が知る限り、拓真は私とママを認めてくれた初めての他人だった。

私とママを愛し守ろうとしてくれた、初めての男の人だった。
< 75 / 186 >

この作品をシェア

pagetop