LOVE SICK
「その話は、また後でいいだろ?」

「けど……」

「もう出る時間だろ?」

「え!?」


驚いて時計を見ればその通り。
いつもここを出る時間だ。


「俺は逃げも隠れもしないから」


慌てて立ち上がって、それでも何か言い足りなくて彼を見た。
ニコリと新聞越しに私を見つめる透き通ったガラス玉みたいな綺麗な瞳。


「……」

「いってらっしゃい。るう」


その言葉は、反則だ。

その声で名前を呼んで、その言葉は、ずるい。


(ズルい……!!)


多分彼は、そんな私に気が付いていて笑ってる。
結局はお金も返せなかったし、コーヒー飲んでお喋りしてのんびりして終わりだなんて、なんかおかしい。


(やっぱり、ズルい人だ……)


けど、逃げないと言っていたから、メールをしろと言っていたから。
連絡をすれば捕まるって事なんだろうか。
また後で。は、今晩会うって事なんだろうか。

分からない。
分からないけど、今度は私はこの人に多分メールをするんだろう。

何もかもよく分からない。
優しい顔をしていい様にされてる様な気もする。

けれど分かった事があって。

彼は、私のコーヒーの好みと、私がこのお店を出る時間を知っているって事。
名前だって知っていた。

彼は、意外に私の事をよく見てる……

その事実に、何故か頬がやけに熱くなるのをどうしたって抑える事が出来なくて……


(変なの……)


分からない気持ちに蓋をして、足早にオフィスに向かった。



何もかも一分違わずに過ごした朝の時間。
違うのは、久しぶりに座った禁煙席と、朝を誰かと過ごした事と。
気が付かない振りをするのには熱過ぎる、この持て余し気味の感情。

よく分からない、この気持ち……
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