今宵も、月と踊る

「姉が発見した時には、この状態だったそうです……」

月岩神社から急いで帰宅した俺が見たものは、空っぽになった離れだった。

鴨居に引っ掛けられていたコートも、お気に入りだったルームウェアも、いつも読んでいた本も綺麗になくなっていた。畳の上に残された荷物にも行き先の手掛かりになりそうなものはない。

壺の件を打ち明けて以来、門番には小夜の行きたいところに行かせてやれと言い含めてあった。

それが、失敗だった。

八重が昼食の有無を聞こうと離れを訪ねた時には小夜の姿は既になかった。

普段から大人しい虜囚だった小夜の行動は見咎められることなく、逃亡は成功を収めた。

荷物と一緒に置いてあった便箋を開けて、手紙を取り出す。

小夜の丸い字を目で追い、最後まで読み切ると手紙をグシャリと手の中で潰す。

謝罪など毒にも薬にもならぬものは犬にでも食わせておけばいい。

「志信さん?」

「この勾玉を真尋の元に」

俺の贈った桜色の着物の上に置いてあった勾玉を拾い上げて正宗に手渡す。

手紙にはインクの異なる2種類の文章が書かれていた。

最後に書き足された文章には確かに真尋の名前が記されていた。

……小夜は真尋の存在を知っていた。

俺は……全てを悟った。

「小夜は自分の意思でこの家を去った。逃がしたお前達に非はない」

……小夜は最初から出て行くつもりで俺に抱かれたのだ。

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