今宵も、月と踊る

「志……信くん?」

本物だとわかると手から力が抜け、携帯が滑り落ちた。コンクリートの地面に落下するとガシャンと派手な音がした。

「落とすなよ」

志信くんは携帯を拾い上げると、私の手に戻してくれた。我に返ると貴子と通話の途中だったことを思い出す。

「ごめん。あとで掛け直す」

私はやかましい貴子にそう言うと、通話ボタンを長押しして電源を切ってしまった。

「どう……して……」

「俺を呼んだだろう。だから、車を飛ばして会いにきた」

どうして住んでいる場所が分かったの?私を連れ戻しにきたの?

聞かなければならないことは沢山あったのに、喉の奥がひくつくだけで言葉にならなかった。

「俺は……少し怒っているんだ。傍にいると言ったくせにあっさり出て行くんだもんな」

「ごめん……なさい」

約束を破ったことを弁解する気はない。私は志信くんに傍にいると言ったのに、置手紙を残して勝手に出て行った。

「朧がついた嘘も知っている。俺と真尋が恋人同士だったと言われて素直に信じるやつがあるか?それとも、自惚れていいのか?前後不覚に陥るほど、俺のことが好きだって……」

「嘘……だったの?」

志信くんの言うように私は朧先生のことを信用し過ぎていたのかもしれない。

橘を渡すように仕向けたのは確かに朧先生だった。

彼の真尋さんへの態度は慈愛に満ちていたから、その陰に潜んでいた悪意に気付けなかったのか。

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