もう一度君の笑顔を
幻想

光輝side

次の日、俺が帰り支度をしていると、武井に声をかけられた。


「あれ、中野、もう帰るのか?」


「あぁ、知り合いから犬を預かってて。」


「犬?」


「あぁ。社外に持ち出せない仕事は済ませてあるから、後は持ち帰る。

 じゃあ、また明日な。お疲れ様!!」


「え?中野?ちょっと待てよ!」



武井がまだ何か言っていたが、俺は振り返る事無くその場を去った。




俺の会社の終業時間は17時。


それから雑務をこなして、どんなに頑張っても帰れるのは18時だ。


友紀の病院の面会時間は19時まで。



頑張れば顔を出す事くらいなら出来る。



ただ、この忙しい年末に大した理由も無いのに残業せずに帰るのは不自然だ。



友紀の見舞いに行っている事を知られたくない俺は、今朝、林梨花を捕まえてそのとこを相談した。



すると、林梨花は一言。


「犬でも預かってる事にすれば?」


「犬?」


「そうよ。世話があるとでも言って帰ればいい。」


「いや、流石に犬は・・・」


「じゃあ、自分で考えなさいよ。

 私、忙しいのよ。」



そう言って去っていた。



犬はどうかと思ったが、他にいいのが思いつかなかった俺は、結局それを採用した。



昨日は、あんなに長く感じた病院への道のりが、今日はあっという間だった。



昨日と同じ部屋の前に立ち、軽く深呼吸した後ノックする。



「はーい。」


中からの友紀の声で俺は扉を開けた。




「あ、光輝!来てくれたの?」



俺を見て、嬉しそうに体を起こす。



「駄目だよ。寝てないと。」



俺は、走り寄って、友紀に寝る様に促す。



「大丈夫だよ。」


「駄目だ。」


「はーい。」


寝た状態で俺を見上げる友紀。


思わず、友紀の頬撫でた。


久しぶりに触れる友紀に、俺の全神経が手へと集中する。


嬉しそうに目を細める友紀に、理性が飛びそうになる。



頭に包帯を巻いた友紀にこれ以上欲情する訳にはいかない。


そっと手を放した。


「仕事は大丈夫なの?」



「あぁ、優秀だからね。」


戯ける俺に、友紀はクスクスと笑った。



「来てくれてありがとう。

 でも、無理はしないでね。」


「わかってる。」



それから他愛も無い話をして、面会終了時間まで過ごす。


俺は、友紀がそばにいる幸せを噛み締めた。

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