溺れてほしいと願うのは
00
寒さで目が覚めた。

煌々と照る月の光が、ゴミだらけの部屋をどこか綺麗に照らしている。

あるかなしかの風が窓の油染みた布を揺らした。

寒いはずだ。格子のはまった窓からは、晩秋の夜風が遠慮なく入ってくるのだから。


ずりずりと窓辺まで這っていくと、足首に嵌まった鎖がガチャッと大きな音をたてた。

とっさに首をすくめて動きを止める。

泣いたり大きな音をたてると、水に沈められてしまう。誰も下から起き出してこないだろうか。

しばらく凍りついてから、階下から物音がしないのを確かめて、またそろそろと窓辺へ進む。


見上げると、黄色い小さな月が浮かんでいた。

寒さにはもう慣れている。

月があんまり綺麗で、しばらく窓辺から動けない。






すいっ、と窓から入ってきたものに、またびくりと体が震えた。

紙でできた、三角形のもの。

紙飛行機、というそれの名前を、子供は知らなかった。


おそるおそる下を覗くと、自分と同い年くらいの女の子が、こちらを見上げて手を振っている。


他人に自分のことを気づかれてはいけない。

気まぐれにやってきては自分を蹴りとばしたり焼いたりする女の人と男の人は、自分のことを周りから隠したいらしい。

でも今夜は、二人はもう眠っているようだ。バレなければ良い。

ぽいっと紙でできた三角を窓から放ると、思いがけずそれは、ふわふわと柔らかな軌道で女の子の元へ降りていった。

月と外灯の少ない明かりの下で、女の子が歯を見せて笑っているのが分かる。


女の子がもう一度それを投げた。

だが格子に当たって落ちてしまう。

落ちたそれを拾って、女の子はまた投げた。

今度は窓まで届かない。

三度目は、格子にぶつかったそれを、とっさに手を伸ばしてつかまえた。

放ると、また女の子が嬉しそうに笑う。


女の子が紙飛行機を投げ、時々こちらが頑張ってそれをつかまえる。

いつぶりだろう、子供は自分が笑っていることに気がついた。


何度もそんなことを繰り返して、女の子がだいぶよれよれになってしまった紙飛行機を大切そうに持った。

ばいばい、と手を振る。ああ、もう終わりなのか。

















またあしたもあそんでくれる。







暗くて遠いのに、女の子の口がそう動いたのが、はっきり分かった。



こくこく何度もうなずくと、女の子はにこにこしながら手を振ってくれた。


< 1 / 3 >

この作品をシェア

pagetop