強引男子にご用心!

ペシッと小気味良い音がして、顔を上げると、葛西さんは痛そうに額を押さえ、水瀬は不適に笑っていた。

「目の前に当人がいればいいけれど、いないのにそういう事を言うのは反則って解ってる?」

「え。あの……昔のことです、よ」

「過去は過去よね。私だって去年のクリスマスまで彼氏がいたわ。休日じゃなかったからホテルでディナーを食べて、そのままお泊りするだけのイブだったけれど、とっても“素敵な人だったわ”」

「き、聞きたくありません」

「そうね。聞きたくないでしょう? しかも、その人とは通りのど真ん中で大喧嘩して大晦日に別れたわ。ある意味、新年はスッキリして良かった。だけれど“しばらくはお付き合いはノーサンキュー”まだ言う?」

「で、ですから……」

「聞きたくないでしょう?」

葛西さんは何度もコクコク頷いて、それからこっちを見た。

「すみません、でした」

「……いえ」

磯村さんから、葛西さんは空気読まないって聞いていたし。
ある意味で、空気読ませた水瀬って……。

「葛西さん。貴方少し頭悪いわ」

「はい。すみません。聞きたくないです」

「これってね、目の前にその人が出来るからハッキリできることなのよ?」

「はぁ……」

「他人から聞いちゃうと、その人が今、どう考えているのか知りたくなるでしょう?」

「はあ」

「それを当の本人に聞ける人はいるけれど、聞けない人は聞けないまま不安になるの。しかも、相手が不安になることなんてしてない本人は気づけなくて、深みにはまる事もあるわけ。解る?」

カウンセリングが始まった?

「貴方、だから坊っちゃんて呼ばれるのよ。見た目のイメージよりてんでガキ。だけど、32にしては素直よねぇ」

溜め息混じりの水瀬の言葉を真面目に聞いている葛西さん。

何だか笑える。

小さく笑ったら、水瀬が手を打った。

「ご飯食べちゃいましょ。午後は長いんだから……」

と、私を見て、水瀬が呆れた顔をした。

「……あんた、食べおわるのはやい」

だって、おしゃべりに参加しなかったし。

「ご馳走さま。仕事にもどるわね」

へらっと笑うと、まだ食べ終わっていない二人を残して医務室を後にした。
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