強引男子にご用心!
いつのまにか



いよいよ寒くなってきた季節。

自転車は寒いから封印して、早寝早起きをしないといけない季節。

帰りは混みあわない時間帯を見計らわないといけないから、駅のホームで暖かい缶入りのココアを飲むのが日常になる。


「何やってんだ、お前」

ホームで座ってココアを飲んでいたら、磯村さんが目の前に立っていた。


「総務部で残業とは聞いてないが」


……誰がどのように、貴方に私の勤怠状況をリークするのか。


「……18時台の電車は混むの」

「毎年それかよ」

「ですね。下手に乗ると気持ち悪くなるし」

「つくづく大変だなぁ」

「慣れれば平気。磯村さんは残業?」

「まぁ、少しだけな」


そう言ってふっと笑う。

ニヤニヤでもニヤリでもなくて、爽やか全開の笑顔でもない、ふとした拍子にもれる笑顔。


そんな磯村さんの笑顔は好きだ。


「手袋もしてねぇな」

「汚れて捨てちゃいまして」

ココアの缶をウェットティッシュで拭いていた時に、ホームに落としてしまった手袋。

こういう事はしょっちゅうだから、100円手袋の予備は欠かせない。

欠かせないけど、今朝、実はその予備も落として捨ててしまっている。


「……触ってもいいか?」

「…………」

「いや。触るから」

宣言してから、磯村さんは私の手を伸ばし、

ココアを持っている両手を、包み込むように触れてくる。


「……馬鹿かお前」


磯村さんの手が暖かい。

暖かいと感じるのは、私の手が冷たい証拠。

何を責められているのか気づいて、磯村さんを見つめた。


だって……さ。


「でも、逃げなくなってきたなぁ」


楽しそうに言うけれど。

そりゃね。

毎日、触られてたし。

いわゆる“お付き合い”が始まってから、事ある毎に“宣言”して触れてくる。

最初のうちは、触られる度に青ざめていたけれど、

「洗えばいいじゃねぇか」

なんて言われ続けて慣れてきた……と言うか。


……人間は、なんて現金なんだろう。


だって、磯村さんの触れ方って少し特殊。
特別ではなくて特殊。

そっと、ふんわり……と言うか。
くすぐったい。


「お手て繋いで喜ぶ歳でもねぇんだけどなぁ」

「…………」


でしょうね。
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