僕と三課と冷徹な天使

朝礼準備

さて、午後もがんばろう、と
デスクで伝票入力の準備をしていると

「灰田君、午後は一緒に
 総務部に行くからよろしくね」

とコオさんに言われた。

総務部に?

何をしに行くんだろう。

・・・まさか、部長に
この子使えないのでいりません、
なんて言ったりして・・・

我ながらマイナスの想像力が
たくましい。

昼休み終了のチャイムが鳴ると
コオさんは立ち上がり

「灰田君、行こう」

僕に声をかけ、

「総務の朝礼準備の手伝いに行ってきます」

と下柳課長に伝えて、三課を出た。

なんだ・・・朝礼準備の手伝いか・・・
と安心したとたん、
緊張し始める。

僕なんかにできることがあるのだろうか・・・

感情に振り回されて忙しい僕。

「あまり気負わないでいいよ。」

緊張が伝わったのか、
コオさんが声をかけてくれる。

少し安心したが
配属されて三日も経つんだから
多少は役に立たないと・・・

やっぱりこの子いりません、
と言われてしまうに違いない。

大会議室に着くとコオさんは

「松井課長、お疲れ様です。
 新人連れてきたので、
 一緒に手伝っていいですか?」

総務一課の松井課長に声をかけた。

「じゃ、会場設営のほうお願いします。」

松井課長が答える。

メガネをかけた少し冷たそうな人だ。

「私と一緒に機械系の手伝いはダメですか?」

コオさんはちょっとむっとした顔をして聞く。

「会場設営のほうで」

クールに答える松井課長。

「・・・はーい。じゃ、よろしくおねがいします。
 灰田君、この人の言うこと
 適当に聞いてがんばって。
 私はあっち手伝ってくるから。」

完全にむっとしたコオさんは
課長を『この人』呼ばわりして
僕を置いて行ってしまった。

大人気なさ過ぎる。

そして、すごく居づらい・・・

しかし、松井課長はふっと少し笑って

「じゃあ、まず机を片付けるので
 一緒にお願いします」

と僕に言った。

余裕だ。子供の喧嘩を見るような余裕。

配属されて初めて
上司らしい上司を見た気がする。

僕は「はい」と言って課長についていった。

しかし、やはり僕は使えなかった。

机を片付け、椅子を出すだけなのだが、
机をたたみ方がわからず、一人で出来ない。

見よう見まねでやるも、
手をはさみそうになる。

他の人が数個重ねて持てる椅子を
僕は非力すぎて一個しか持てない。

何もかも役立たずで、
むしろ邪魔をしたような気さえする。

コオさんは宮崎部長と前のほうで
プロジェクターやマイクのチェックをしていた。

おろおろしているだけの僕とは違って、
テキパキ動いて
たまに笑っているのが見えた。

自分の先輩が活躍していて誇らしく思ったが、
それに比べて僕は、という思いもあった。

「灰田君、お疲れ様です。
 もう大丈夫なんで、戻っていいですよ」

松井課長が声をかけてくれた。

コオさんはどうするんだろう。

でも戻っていいと言われたから戻るしかないか。

松井課長に何か言って
冷たくあしらわれるのも嫌だし。

「はい。ありがとうございました」

お辞儀をして僕は大会議室を出た。

はあ、とため息が出てしまう。

・・・何だか疲れたなあ。

すると、コオさんが追いかけてきた。

「お疲れ様。休憩していこ」

笑顔のコオさんにねぎらわれて、
ほっとする。

「一人で心細かったでしょ。ごめんね」

コオさん、気にしてくれてたんだ。

完全放置かと思っていたのでうれしい。

「・・・何か嫌なことあった?」

さらに気遣ってくれるコオさん。

まぼろし、だろうか。

いや、多分松井課長にむっとして
僕を置いていった罪悪感から優しいのだが
鈍感な僕は気づかない。

役立たずな自分に落ち込んでいると言ったら、
もとの厳しいコオさんに戻って
怒られるだろうか。

でも僕は目の前の優しいコオさんに
嘘をつけず、正直に言う。

「何だか役に立てなくて、
 むしろ邪魔だったんじゃないかなと思って」

するとコオさんは

「そんなことないよ、
 よく動いているなあと思った。
 初めてなのにがんばったよ。」

と言ってくれた。

コオさん、ちゃんと気にしていてくれたんだ。

それにダメな僕を褒めてくれるなんて・・・

ちょっと涙が出そうになって窓の外を見る。

「でも、ちゃんと反省して偉い。
 きっと灰田君はすごい人になると思う」

とコオさんはぽつりと言った。

僕はびっくりしてコオさんの顔を見た。

そんなことを言われるなんて。

びっくりしている僕に気付いてコオさんは

「あ・・・私が誉めるなんておかしいと思ってる?
 たまには普通に誉めるから」

ちょっと照れたように言った。

「すみません」

と僕が思わず笑うと

「もう二度と誉めないけどね」

と笑いながら言って
向こうをむいてしまった。
< 12 / 84 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop