僕と三課と冷徹な天使

お願い

コオさんの
『考えてても仕方ない』
という声を頭で繰り返しながら
僕は仕事に没頭した。

そんな僕を待っていたかのように
仕事はものすごくたまっている。

今は仕事をするしかない。

いつものようにお言葉に甘えて、
コオさんにもお願いして
残業をしてもらう。

すると部長がやってきた。

今日は打合せの日じゃないのに。

・・・嫌な予感がする。

「おつかれ。 灰田君。
 忙しいところ悪いんだけど
 ちょっといいかな?」

と部長は言った。

やっぱり・・・

僕はあからさまに
嫌な顔をしてしまった。

コオさんみたい、と思って
心の中で苦笑いする。

「・・・はい」

と言って
僕は渋々立ち上がった。


小会議室に着くと部長は

「時間を取らせて、
 本当に申し訳ないな。」

と申し訳なさそうに言った。

「・・・コオの話なんだけど」

言いにくそうに
部長が話し始める。

予想通りの展開だ。

「秘書課に移動の話が出てるんだ」

やっぱりね。

で、僕にどうしろと言うんですか?

少し怒りが芽生える。

「社長からは早急に、と言われている。
 それで、松井課長に
 灰田君のサポートをお願いして、
 2~3日後にはコオに
 秘書課に行ってもらおうと思う」

本当に早急だな。

前の僕ならそんなの無理だ、
と思うだろうけど、
今の仕事の状況、
そして松井課長のフォローがある
と思うと、実現可能だと思える。

僕は感心すると同時に絶望した。

八方ふさがり、とは
こういうことを言うのかな。

ここまでお膳立てができていたら
コオさんは秘書課に行くしかない。

行きたくないって言っていたけど
無下には断れないらしいから、
行くだろうな。

義理堅いコオさんだから。

ふと
『やだなあ』とつぶやいた
コオさんの悲しいそうな顔が
浮かんだ。

「コオさんはその話は知っているんですか」

我ながら、すごく小さい声で
僕は聞いた。

隠し切れないほどの
ショックを受けているなあと
人事のように思った。

「うん。今ごろ社長に呼ばれて
 話を聞いていると思う」

三課に戻ってコオさんに会うときには
もう秘書課に行くことになっている
ということか。

コオさんはいつもと変わらないんだろうか。

また悲しい顔をするかなあ。

僕は・・・

どんな顔をしてしまうんだろう。

想像もつかない。

三課に戻りたくないな。

このまま世界がどうにかなればいいのに。

ふと、部長が

「俺が部長になるとき、
 コオにそのことを話したら
 今の灰田君みたいになってた」

静かに言った。

「泣かれたらどうしようと思ったけど、
 泣かなかったな。
 わかりました、とだけ言って、
 さっさと帰って、
 次の日来ないかもな、と思ったけど、
 ちゃんと来た」

何となくコオさんの姿が目に浮かんだ。

「それで仕事が終わった後、
 話がありますっていうから、もしかして
 辞めたいって言うのかと覚悟した。

 でもコオは、仕事はがんばるから、
 私の愚痴をこれからも聞いてください、
 泣きたいときは泣かせてくださいって
 言ったんだ」

その時の
コオさんの決意が伝わってきた気がした。

「いいよ、全部言ってくれって言ったら
 あいつ、本当に毎日
 愚痴ったり泣いたりしに来て
 松井課長と二人で大変だったんだ」

部長は笑って言った。

素直に
愚痴ったり泣いたりするコオさんを
簡単に思い浮かべることができて、
僕も笑ってしまった。

「あいつは言いたいこと言って、
 勝手に成長して行ったな。

 そのうち全然泣かなくなって、
 愚痴も三課の仲間に対してじゃなく
 俺とかその上とか
 会社に対する文句になってきた。
 それがなかなか痛いところをつくんだ。」

そうだな。

コオさんは三課のみんなに
はっきり厳しいことを言うけど、
いないところで文句を言ったりはしない。

後輩の僕には愚痴も言わない。

余計な心配をかけないようにと
思ってくれているんだろうな。

うん。

すごい人なんだ。

僕の尊敬する先輩だから。

本当にすごい人。

部長は真面目な顔に戻って言った。

「灰田。
 コオは三課で終わるような器じゃない。
 もっと色んな相手と仕事ができる女だ。
 何とか、快く送り出してやってほしい」

部長は僕に頭を下げた。

確かにそうだ。

コオさんは秘書課に行っても
今と同じようにバリバリと仕事をするだろう。

そして、それは会社に
大きな影響を与える。

三課で仕事をするのとは
比べ物にならないくらいの。

僕にそれを止める権利はない。

きっと止めることもできない。

「・・・わかりました。
 僕は僕のできることをがんばります」

僕は何も考えていなかった。

自分で言っておきながら
『僕のできること』
が何かなんて
さっぱりわからなかった。

ただ、言ったからには
その通りにしよう、とだけ思った。
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